人間関係のシグナル
結婚とモールス信号
p29
「前に飼っていた犬は嫌いじゃなかったよ。今度の犬が嫌いなだけなんだ」。怒ってはいないし、敵意も感じられない。ただ思ったことを口にしているだけのようだった。
だがよく聞くと、ビルが必要以上に自己防衛しているのがわかる、とタバレスは言う。SPAFFコードで言えば、ビルは愚痴を言い返し、相手の意見にいったん同意しておいて、すかさず前言を撤回している。「それはそうだけど」と遠回しに反論する手法だ。結局、ビルは最初の66秒のうち40秒も自己防衛していた。一方スーザンはビルが話している最中に相手を軽蔑するように難度も目をむいてみせた。ビルは次に犬小屋の文句を言う。それを聞いてスーザンは一瞬目を閉じたあと、相手を諭すような口調になった。それでもビルは居間に檻を置くのはいやだと言い張った。するとスーザンは「その話はやめて」と言って、またも相手を軽蔑するように目をむいた。「ほら、また軽蔑の表情。まだ始まってまもないのにビルは防衛的な態度ばかり。スーザンは何度も目をむいている」とタバレスは言った。
ここでタバレスはビデオ画面を指差す。「ビルは最初に『もちろんそうさ』と言ってるけど、これは『それはそうだけど』という意味なの。スーザンの言うことを認めるようなそぶりを見せておいて、すぐに犬はいやだと言っている。本当は自己防衛しているの。最初は彼はなんていい人なんだろう、相手の言うことに同意してばかりいると思ったわ。でもあとになって、実は遠回しに反論してるんだとわかったの。うっかりしているとごまかされてしまうけど」
タバレスがまた口を挟む。「新婚の夫婦ばかり観察した研究で、その後離婚してしまった夫婦の場合、一方が努力を認めてほしいと言っても、相手が聞かないことが多いとわかったの。でも、うまく行っている夫婦は、『あなたのいうとおり』と答える場面が目立って多かった。相手の言うことを認めるにはうなずいて『ええ』とか『そうね』と言えばいいのに、スーザンはそれさえしていない。コードを割り振るまでは私たちにも気づかなかったわ」
「不思議だけど、ひと目見ただけでは二人の仲がうまく行っていないとはわからない。あとで二人にビデオを見せたら、自分たちのことを面白がっていたわ。一件、特に問題なさそうに見える。でもどうかしら。二人は結婚してまもないし、幸せなのに、スーザンは意地を張ってばかり。
すべての夫婦には特徴的なパターン、すなわち夫婦のDNAのようなものがある
p3q@6
タバレスは夫婦のどこに目をつけたのだろうか? 技術的には、好意的な感情と敵対的な感情の数を数えたのだ。というのは、ゴットマンによれば、結婚が長持ちするには、ある会話の仲の好意的な感情と敵対的な感情の比率が少なくとも五対一でなければならないからだ。
あまりに多い会話の中のサインと、集中 防衛、はぐらかし、批判、軽蔑
p37@10
だがゴッドマンは多くのことに振り回されたりしない。彼は夫婦の関係を輪切りにする要領を覚えてしまった。そして、レストランで離れた席に座った夫婦の会話を盗み聞きしただけで、子供の養育権についてそろそろ弁護士に相談したほうが良さそうだといったことがわかると言う。
でもどうやって?
なにもすべての会話に神経を集中させる必要はない。私は敵対的な感情を数えるうちに参ってしまった。敵対的な感情ばかり目についたからだ。ゴットマンは注目すべき感情をもっと絞り込んだ。四つの感情に注目しさえすれば、必要な情報はだいたい見つかることを発見したのだ。その四つの感情とは防衛、はぐらかし、批判、軽蔑である。なかでも軽蔑の感情が最も重要だと彼は考える。夫婦のどちらか一方でも相手を軽蔑するそぶりを見せたら、それは二人がうまく行っていないことを示す強力なサインだ。
拡大 軽蔑、嫌悪について
p38@8 p37
「軽蔑は嫌悪に似ている。嫌悪も軽蔑も人を完全に拒絶し、社会から追い出そうとすることだ。敵対的な感情には男女で違いがある。女性はより批判的で、男性は問題をはぐらかそうとする傾向がある。妻が何かの問題について話し始めると、夫はいらいらして顔をそむける。すると妻はさらに厳しく相手を批判して、堂々めぐりになる。だが軽蔑にはまったく男女差がない」。軽蔑は特別な感情だ。この感情さえ測定できれば、夫婦の関係についてすべて知る必要はない。
厚い輪切り
p41p6
結果はどうだったか? 外向性については寮の部屋を見ただけの者より友人のほうが正しく判断できた。人がいかに元気でおしゃべりで外向的かは、実際に会ってみないとわからない。協調性についての判断も友人のほうがやや当たっていた。これも納得がいく。だが、五項目のうち残る三つの性格については赤の他人のほうが正しく判断した。まじめさの評価は彼らのほうが当たっていたし、感情の起伏と好奇心については彼らのほうがはるかに正答率が高かった。
観察の対象となった学生の個人的な持ち物には多くを物語る情報がつまっていた。たとえば寝室にはその人の性格を知る三つの鍵が見つかるとゴスリングは言う。まず「個性の主張」、すなわち周囲からどのように見られたいかを意図的に表したもの。額に飾ったハーバード大学の卒業証書などがそれだ。次に「行動の痕跡」、うっかり残してしまう手掛かりのことだ。床に脱ぎ捨てられた衣服やアルファベット順に並べたCDなどを指す。最後に思考や感情を制御するものがある。特にプライベートな空間に変化をもたらして、部屋にいるときに気分良く過ごせるようにするためのもの、たとえば部屋の隅においたアロマキャンドル、ベッドの上に綺麗に並べたおしゃれな枕などだ。
つきあい始めたばかりの彼や彼女の本棚をじろじろ見たり、薬棚をのぞいたことのある人なら納得いくだろう。よそ行きの顔しか見せない人と何時間も過ごすより、プライベートな空間をかいま見ただけのほうが、たくさんのことがわかる場合もあるのだ。
感情の物差しに注目する
p43.4
夫婦が自分たちのやりとりの実態に気づいていないとしたら、率直な質問をしてもあまり意味がない。だからゴットマンは夫婦に、二人の結婚生活について直接尋ねるのではなく、結婚生活にかかわりのあることを話してもらう。たとえばペットについて。そして夫婦の会話の中に現れる間接的な感情の物差しに注目する。どちらかの顔をさっとかすめた、物言いたげな感情の揺らぎ、手のひらの汗腺に現れたわずかなストレスの兆候、突然の心拍数の増加、微妙な口調の変化などである。そのようにして遠回しに問題の核心に迫る。そのほうが真正面から取り組むよりもずっと手っ取り早いし、要領よく真相に近づけることを突き止めたからだ。
出典