マルコフ・ブランケット
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統計学や機械学習において、ある変数の集合で確率変数を推論したいとき、通常はある部分集合で十分であり、それ以外の変数は無用である。このような、有用な情報をすべて含む部分集合をマルコフブランケットと呼びます。マルコフブランケットが最小である場合、つまり、情報を失うことなくどの変数も落とすことができない場合、それはマルコフ境界と呼ばれます。マルコフブランケットやマルコフ境界を特定することで、有用な特徴を抽出することができます。マルコフブランケットとマルコフ境界という用語は1988年にジュデア・パールによって作られたものである。
英国の脳神経学者カール・フリストンによれば[Friston, 2013]、細胞膜が果たしている機能は、機械学習に関して唱えられた「マルコフ・ブランケット」と同じ考え方で説明できるのだとする(マルコフ・ブランケットを唱えたのは人工知能研究者のジュディア・パールである)。マルコフ・ブランケットという考え方は、システムが相対的に局所的な作用関係を中心に構成される場合、「遠い」サブシステムどうしは影響し合わないので、その結果として常に「内部」と「外部」との区分けが起こり、「内部」と「外部」との間に仕切り──これがマルコフ・ブランケットである──が生じ、「内部」は「外部」の変化を推論して適応しようとするメカニズムが生成される、という考え方である。フリストンによれば、細胞膜はまさにこのマルコフ・ブランケットであり、細胞内と細胞外のやりとりはすべて細胞膜を通して行われ、その結果として細胞膜の「内と外」を分ける機能がますます強化される、というのである。フリストンは、従来のように内部のエントロピーの拡大を防ぐために細胞膜が機能していると考えるのではなく、より人工知能的に、細胞はその周辺の環境から「サプライズ・ショック」を受けないように周辺環境に働きかけ、その働きかけを通じて周辺環境を感知するという機能を果たしており、そのことが結果としてあたかも内部のエントロピーの拡大をおさえ自由エネルギーを極小化しているように見えるのだ、と主張している。そして、この常に外部のデータを感知しながら、「サプライズ・ショック」を受けないようにするメカニズムは、人工知能で活用されているベイズ推定と同値であるとする[5]。
フリストンは、マルコフ・ブランケットそのものはさらに二つの部分、すなわち「外部」を感知する「感覚」部分(センサ)と、「内部」からの働きかけを行う「行動」部分(アクチュエータ)に分けられるとし、この外部-マルコフ・ブランケット(感覚・行動)-内部というシェーマは、細胞の内外のみならず、まさに脳と外界との関係とも共通なのだと、述べている。つまり、複雑性が増大しパターンを生むメカニズムと、その複雑性を感知するメカニズムとは同型であるということに他ならない(第3章3・1節で紹介したように、深層強化学習は同様にセンサとアクチュエータのループ構成を採用している)。
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フリストンは、上記のマルコフ・ブランケットは細胞レベルに現れるだけではなく、さまざまなレベルに適用可能であり、動物(人間)というマルコフ・ブランケットのなかに器官というマルコフ・ブランケットがあり、器官というマルコフ・ブランケットのなかに細胞というマルコフ・ブランケットがあり、細胞というマルコフ・ブランケットのなかに原子核というマルコフ・ブランケットがある…というマトリョーシカ人形のような階層構造にあるようだ、とする。この階層構造こそ、アンダーソンのいう「モア・イズ・ディファレント」そのものであり、その階層性の繰り返しが同型性のもう一つの柱だと考える。