モア・イズ・ディファレント(More is different)
他方、仮に標準モデルが正しいモデルであったとしても、それだけで現実のすべてを理解・解明したことにはならないのではないか。そう主張したのは物理学者のフィリップ・アンダーソンである。
アンダーソンは1972年に『サイエンス誌』に発表した有名な論文More is different(「量が多いことは質の違いを生む」という意味)で次のように議論している[Anderson, 1972]。我々の精神や身体の働きも、生命体も非生命体も、同じ基礎的な法則にしたがっており、極端な条件下における場合を除き、その法則について我々物理学者は相当程度理解していると言える。その意味において、圧倒的に多くの科学者の間では還元主義仮説(すべての事象は最終的に単一の基礎的法則によって説明可能であるという考え方)は疑問の余地なく受け入れられている、とする。その上で、もしすべてのものが同じ基礎的な法則にしたがうのならば、本当に本質的なことを研究しているのはこうした基礎的な法則を研究している者に限られ、あとはこの基礎的な法則の技術的な応用可能性を研究しているに過ぎないとなりそうなのだが、そうした立場を、アンダーソンは否定した。それは、還元主義仮説が正しいとしても、それを逆転させて、その基礎的な法則から宇宙のさまざまな事象を再現することはできないからである。より大規模かつ複雑な素粒子の集合体の振る舞いを研究するには、基礎的な法則の単なる延長では不可能であり、複雑性のそれぞれの段階に応じて、まったく新たな特性が出現し、それを理解するには基礎的法則の研究にも劣らない本質的な研究が必要なのだ、とアンダーソンは述べる。その上でアンダーソンは、科学は、素粒子物理学から多体物理、分子生物学を経て社会科学に至る階層的な秩序をなしているものと考えるべきではないか、と提案する。
Anderson, P. W. (1972). More is different. Science, 177(4047), 393-396.