再魔術化
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「映像」の世紀は、マスメディアが社会の中心として構成された世紀でした。「魔法」の世紀は、コンピュータが中心となって社会を構成する世紀です。(中略)。モリス・バーマンは、科学技術の(加速的)進歩しすぎたせいで、むしろ社会の中身がよくわからなくなってしまった、また魔術化していると指摘しているんです。(中略)。映像の時代は人間がコアとなってマスメディアを動かしていたけれど、魔法の時代になると人間がコアだとは言えなくなってくるんです。 クラウドに情報が蓄積されていると、目の前にあるインターフェイスはただの表示板であって、象徴的なメディアではないんですよね。機能と物質が一致しているからこそ、象徴的なメディアだったんです。映写機もテレビもスマートフォンも。機能の大半がインターネットの向こう側に存在するようになると、「それはただの板だろ」と。 メディアが空気みたいになってしまう(再魔術化が起こるので)と、物質的に存在するかデータ的に存在するかという区別がつかなくなります。 「あなただから」と差別される時代に?