なぜ文学が重要か
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平野啓一郎.iconこの問いは、答えるのに苦慮する問いでもありますが、最近僕は、この問いに答えるのに苦慮しないひとつの理由を見つけました。それは、"今の世の中で正気を保つため"です。僕は最近、ほとんどそのためだけに本を読んでいます。
平野啓一郎.icon社会全体の中で自分が一つの機能として役に立っているということと、対人的なコミュニケーションの中で自分が役に立っているかどうかということと二つがあって、その二つがどこかで結び付いているんじゃないか、というのが、言うなれば近代という社会だったと思います。 うわーー
平野啓一郎.icon僕は最初それを読んだ時に、あまり感心しませんでした。当たり前なんじゃないの? と。一応美学的には、「美とは何か」とか「芸術とは何か」ということは、作品に内在する本質を問うことで答えを出そうとしていたのに対して、社会制度的なものを通じて究極の相対主義的な観点から、芸術とは何かを論じようとしたところが、非常に画期的だったと言われています。ただ集合的にはそうかもしれないけれど、個々のアートワールドの住人がなぜそれをアートとして認識し、それがアートワールド全体の認識になっていくかというと、結局、その作品に表われている美しさとか批評性とか、ある実体的な要素を評価してそれをアートだと認識しているのではないか。そして、その人が言語活動だとか展覧会を企画するなどして、アートワールド全体の中で影響力を及ぼしていって、アートだと認識されているんだと思います。個人的な作品鑑賞においては、相変わらず、ある種の本質が問われているんじゃないかと思うのですが おーーーーーこれはまじで自分にとって重要な文章だggkkiwat.icon
平野啓一郎.iconやはり小説の良さは、どこまで行っても話が一個人から始まることなんです。 平野啓一郎.icon他人を経由することによって、僕達は、自分では引き受け切れないけれど本当は感じとっているものを言葉にすることができる。文学には、読んでいる時の他者への共感と、読み終わった後、読み終わった人同士が文学を介することによってより自由に、或いはより寛大に共感し合うという効果があると思います。 読書猿.icon「文学なんか何の役にも立たない」と言われていますが、文学って「今この場所」から離れる強力な方法ですよ。今回話してきたことからすれば、役に立たないわけがない。(…中略…)悩み方を変えるために人は本を読むんだ、と。
言語化行為を追従する