権内/権外
コントロール
その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。 山本貴光 吉川浩満
エピクテトスによると、権内/権外を区別することこそが、幸福である。
例えば、「おれも恋愛したいけどできない」と思うから「恋愛弱者」になる。「結婚したいけどできない」と思うから「結婚弱者」になる。「成功したいけどできない」と思うから「負け組」となる。恋愛したい、結婚したい、成功したいと思わなければ、そもそも弱者、負け組にならない。(追記:勝つ/負ける)
自分で自分を追い詰めるのをやめて、まず、「〇〇したい」という社会的欲求から自分を切り離す。おれは恋愛とも結婚とも成功とも無縁な人間ですけどなにか?という境地に向かう。逆説的だが、その境地を経由することで、自分の真の欲望を持つことができる。弱者や負け組のルサンチマンに、微塵も同情してやる必要などはない。おれは、彼の気持ちなんぞ、まったく汲み取ってやる必要を感じない。ただ、彼に同情する同じ穴の
多様性・多様化・多様
多様性とは何か
否定性の複数性の肯定
真のダイバーシティとは、資本を保全するための禁止を増やすことではなく、多種多様な否定性を通り抜けながら生きることの肯定であり、否定性の複数性の肯定なのである。
精神分析家のジャック・ラカンの不安論です。それをジジェクが「斜めから見る スラヴォイ・ジジェク」のなかで簡潔にまとめているのですが、それによれば、何かが失われるから人は不安になるのではなくて、何かに近づきすぎて「欠如がなくなる」から不安になる、というのです。ラカンの精神分析理論によれば、人間にとって欠如とは悪いものではなく、むしろ欠如が維持されている状態が必要なのです。欠
欲望・ジル・ドゥルーズ
【論考】ドゥルーズにとって「欲望」とは何か:ひとつのシンプルな考え方|山森裕毅
欲望との距離
仏教では、「欲を無に」「無欲」
キリスト教では、「欲を禁じる」「禁欲」
ストア派では、「欲をコントロールする」
エロティシズム バタイユ
エロティシズムの本質は禁止の侵犯にある
禁止を不安のなかで侵犯する欲望がエロティシズムの魂。
侵犯は禁止そのものを無くすわけではなく、それをいわば一時的に解除するものだ。私たちは禁止を侵犯するとき、不安を感じる。不安のなかでこそ私たちは禁止の存在を意識する。禁止の侵犯を達成すると、今度はその禁止を楽しむために、あえて禁止を維持する。 「禁止は侵犯されるために存在している」のだ。
倫理
https://www.juse-p.co.jp/files/download/26/ch7.pdf
経営情報システム入門 柴直樹 水上祐治
結果に基づく倫理の理論—功利主義
孤独であるためのレッスン 諸富祥彦
「特定のどの人でもない、すべての人」を愛せよ
「汝、汝自身を愛するように、汝の隣人を愛すべし」
「べし」だから、義務としての愛。時間によって変化しない確かなもの。義務となった愛は絶えず新鮮
貴族の義務
大物を捕まえて威信を回復したい人と、邪魔者を追い出して後釜に座りたい人と、憂さ晴らしの生贄が欲しい大勢の人の利害が一致すれば、あの流れは必然になるのだろうな。逆に考えるとその標的になった時点で詰みで、ノブレスオブリージュとは倫理的な方便ではなく生存に必要な手段だったのだろうな。
@ka2aki86 Dec 1, 2018