「まちがう、ゆえに我あり」第1部講義メモ
00:03:09 講義開始
吉川さんはゲンロンカフェに何度もお越しいただいているので皆さんご存知かと思いますが、意外と吉川さんにじっくりお話を聞く機会がなかったこと、またゲンロンセミナー2期で理系的な内容の回も入れたいということでお声がけしました(國安)
吉川浩満『哲学の門前』では吉川さんの哲学との出会いが書かれていますが、認知科学や進化論の研究に興味を持たれたきっかけはあったのでしょうか?(國安) 私はいわゆる研究者や学者ではない。かといってジャーナリストでもない。体系的に専門的な学問を学んだことは正直ないんですが、個人的なきっかけはある(吉川)
今日のテーマの「人間とはいかなるものか」そのものよりは、「我々は人間というものをどういうふうに考えているんだろう」に興味がある
「運」というものにもずっと興味がある 。確率というと学問の対象。もう少し人間的なところに関心がある
研究に対して研究で考えるというものはある。それとは別にもう少し社会科学よりに「この研究成果は我々の物の考え方にどういう影響を与えるのか」を考える(吉川)
脳は特に好きで養老孟司さんとかタレント的な学者も出てきますが、認知科学はあまり出てきてないですね(國安) 00:09:48 meta_3「ゲーム脳とかスマホ脳とかつねに言われているイメージありますね」 後知恵バイアスでいうとある。ただリアルタイムでは1期生だからなにがあるんだかよくわからないまま入っている(吉川)
いまから考えると、そういう環境にいたから結果的にジャンルにこだわらないようになったと言えるかもしれない
SFCは総合政策学部と環境情報学部というふわっとしすぎて意味がわからない学部。私は高校生のとき自分が何をやりたいかわからなかったのでわけわからないところに入った
自分は大学に入った時には建築学科だったが、大学院のときに組織が変わって「環境社会理工学部」みたいなものになって…(國安)
なんでもありですね。そこでやりやすくなる人と、やりにくくなる人がいる(吉川)
今日電車でプラトン『メノン』を読んでいて、学者 VS 学者の話でゲンロンセミナーぽいなと思いました(國安) メノンにはソクラテスの召使の少年が出てくる。幾何学の勉強をしたことがない少年とソクラテスが問答することで問題を解かせるのが感動的で、そういう意味ではゲンロンぽい(吉川) メノンが知っていることはもう探求しようと思わないし、知らないことは何を知らないかもわからないから探求しようがない、だから探求することはありえないとソクラテスに問う。そこで想起説が出てくる(國安)
メノンの言う通り瞬間だけ切り取れば学ぶということ自体がパラドックス。しかし我々は実際には学んでしまっている(吉川)
個人的にプラトンブームでよく読んでいる。グレゴリー・ヴラストスという研究者が画期的なプラトンの論文を書いている。ソクラテスはなぜあんなに自信たっぷりなのかと言えば、これまで数え切れないだけの人生を行きてきているので、一つの論駁だけでそれが正しいとか間違っているのかを言えるのだという主張(吉川) 今で言う異世界転生ですね(國安)
対話篇は最初に読んだ時は衝撃を受けました(國安)
私のおすすめはゴルギアス。学生の頃は言ってる内容しか興味がなかった。今回読み直すとソクラテスがものすごく相手に気を使っている。議論する際の配慮がおもしろい(吉川) ソクラテスの想起説は教えられるのではなく思い出すのだという説で、輪廻転生のようだという話でしたが、輪廻転生というのも非専門家の誤読だとは思いますが進化論っぽいところがあるように思います(國安) そうです。実際プラトンは進化論のことを考えていなかったと思うが、結果的にそういう考え方になっている可能性がある。今の我々の体の機能も心の機能も、進化的に考えれば、我々の祖先の試行錯誤や、PDCAサイクルのようなものの結果としてある。想起説をそのまま出すとオカルトだけど、進化論のようなことを言っていたと考えることはできる(吉川) 00:19:16 目次
00:20:46 吉川さんの自己紹介
吉川浩満(よしかわ・ひろみつ)
文筆家・編集者
1994-1996 国書刊行会
1996-2002 ヤフー
2002年からはフリーで文章を書いたり、アルバイトをしたり
2020年からは晶文社で25年ぶりに正社員になった
正社員なので人に書かせる仕事が増えて、書くほうはだいぶ減りました(吉川)
おもな著作
00:23:57 まちがいとは
「まちがい」を調べると
(1)判断や計算の結果があるべき状態と違うものになること。まちがうこと。またそのような状態や結果。
(2)失敗。しくじり。また、適切でないこと。
(3)事故。
(4)争いや紛争。
(5)未婚または不倫の間柄にある男女の情事。
中心になるのは(1)と(2)
対義語で考える
(1)の対義語は正解、正答
(2)の対義語は成功、適切さ
ある局面では目的を達成するためにはあえてまちがうことが適切なことがある
バカのふりをするとかね(吉川)
しかしこれは(1)の基準ではまちがいになる
00:30:45 間違い/過ち/誤り
共通する意味:正しくない状態や結果
「過ち学」だとやばい感じがしますね…(國安)
この類語がいいのは、私は毎日のように人に謝っているんですが、これがあると毎回少しづつ変えて謝れる(吉川)
00:34:12 まちがい(1):バイアスとノイズ
「まちがい」という概念に認知科学と進化学からアプローチするとき、多くの人が思い浮かべるのはいわゆる認知バイアス
「まちがい」の(1)の意味
認知バイアスを考える上では2つの概念とセットで考える
計算や問題解決の手段
正解であることが保証されている
定まった解き方が見つかっていない問題(非定型的問題)を解く
簡単に言うと直感のこと(吉川)
人間はほとんどはヒューリスティクスで判断している
認知リソースが有限だから
最適解を保証するものではないが、一定のレベルで満足できる解を見つけることができる
なぜバイアスがあるかといえばヒューリスティクスがあるから
ヒューリスティクスは思考しないで判断しているというと低いもののように思えてしまいますが、実はすごい能力ですよね(國安)
身体的な能力で判断している。ヒューリスティクスだから性能が悪いということはない。逆にアルゴリズムでは計算が爆発して答えが出ない場合もある(吉川)
フレーム問題
00:45:50 バイアスとは:ヒューリスティクスの副産物 今回のために国会図書館で1000ページ以上の心理学や認知科学の時点をひっくり返したが、バイアスという項目はなかった(吉川)
にもかかわらず、書店のビジネス書や自己啓発書のコーナーにはバイアスについての本がいっぱいある。これは社会学的な問題だと思っている(吉川)
こういうことはよくある。進化学の世界でもダーウィニズムの本より反ダーウィニズムの本のほうが一般読者のプレゼンスを持っている
バイアスについてのバイアス?(吉川)
「系統的」というのがポイント(吉川)
単に間違うだけならバイアスではない(それはノイズ)
「何かや誰かに対する傾向、性向、先入見。(…)バイアスはしばしば、個人や状況についての実際の知識ではなく、固定観念にもとづいている。肯定的であれ否定的であれ、このような認知的ショートカットは、軽率な決定や差別的慣行につながる偏見をもたらす可能性がある」(Psychology Today) きのうTwitterで見かけた例でいうと、いわゆる異人種の顔は判別しずらいとか(吉川)
面白いのは、怒った顔だとわかるという話もある
ここまでをまとめると、我々の認知活動にはアルゴリズム的なやりかたとヒューリスティクス的なやり方があって、常に使っているのはヒューリスティクス。その副産物としてバイアスが生じる(吉川)
バグみたいなもの。しかもそれは、ほとんど仕様に近いバグ
00:53:53 バイアスとは:規範ー事実ギャップ
ここで規範とは論理学や確率論で期待される正解のこと
事実は実際に我々がどう判断するか
「(…)合理性にかかわる記述-規範ギャップという観点から人間の思考のありかたを再検討すること、これこそHB〔ヒューリスティクスとバイアス〕研究が隣接する人間科学の諸分野に与えた大きな宿題であった。人間の合理性という古くからの哲学的問題が、このようにして新興の科学的研究プログラムによって受け継がれ、実験や観察によって実証的に検討しうる課題として再提起されたのである」(吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である 増補新版 』) HB研究というのはダニエル・カーネマンらが行った研究。カーネマンによってバイアスは有名になった(吉川) これによってこれまで哲学でやられてきた問題が自然科学の対象になった(吉川)
00:57:37 バイアス体験(1):4枚カード問題
これ自体が有名な問題なので、試したことがある人がいるかもしれないんだけど…自分で言うのも何ですが私はめちゃくちゃ人間的な人間で、毎回失敗します!(吉川)
生まれつきすごい得意な人もいる
ウェイソン選択問題とも
正解率は大学生でも10%、ハーバードでも12%
…ゲンロンカフェは、人類の平均よりだいぶ高いですね!(吉川)
ハーバード超えてますね!(國安)
自分が知っていることを確かめたい(確証バイアス)
01:04:03 バイアス体験(2):リンダ問題
ここでは認知科学の話をしているからみなさんにバイアスがある(から正解できる)が、実験室で実験すると9割くらい間違える(吉川)
代表性ヒューリスティク
01:06:58 バイアス体験(3):スピード暗算
アンカリング効果
逆張りというヒューリスティクスもありますね(國安)
01:08:56 二重過程理論:「どのように?」への回答
なぜバイアスが生じるのか?
二重過程理論
ファースト(ヒューリスティクス)
直感(システム1)
速い・並列処理・自動的・努力を要しない・学習速度は遅い
スロー(アルゴリズム)
推論(システム2)
遅い・順番に処理・管理されている・努力を要する・規則に支配されている・柔軟
二つがうまく切り替わらないとバイアスが生じる
東さんの用語でいうとシステム1が動物ですね(國安)
二つがうまく切り替えられないから人生が楽しいのだとも言える。システム2しかなかったら人との出会いは婚活市場みたいになってしまう(吉川)
マッチングアプリはシステム1をなくそうとするシステムだとすると不気味ですね(國安)
システム2で計画的なことにリソースを費やすと、快楽、幸せ、苦痛も含めたシステム1的なものから離れていく(吉川)
ここまでが「どのように?」に答える認知科学の話。ここからが「なぜ?」に答える進化学の領域(吉川)