自閉症スペクトラム
しかしながら, 「私は発達障害を理解している」と言える人、つまりは自閉症やADHD, LDと呼ばれる現象の裏側にあるメカニズムについての何らかの知識やノウハウを自分のものにされておられる方は,まだまだ多くないのではないでしょうか。 例えば 「自閉症の人は視線が合いにくい」ということを「知っている」 人は以前に比べると非常に増えました。 けれどもそのことについて 「なぜ視線が合わないの?」 という素朴な疑問に, 個人の思い込みではない専門知に基づく仮説を持って説明できる支援者, 教育者は残念ながら少ないのが現状だと思います。ニューロダイバーシティの教科書 村中直人p.28 私なりに意訳して言うなら 「自閉スペクトラム者の脳は人間を特別扱いしていない」のではないかという知見です。このことは自閉スペクトラム者を脳や神経由来の文化という視点で理解しようとする時の、最重要テーマの1つだと私は思っています。ニューロダイバーシティの教科書 村中直人p.56 これらの知見から言えることは,神経学的多数派の人の脳には他者の視線などの人間に関する情報を特別扱いし,そこに注目しようとするメカニズムがどうやら生まれながらにして存在している可能性が高いということです。ニューロダイバーシティの教科書 村中直人p. 58 こういった社会行動や対人関係に関する脳や神経の働きのことを,脳・神経科学の領域では「社会脳」と呼ばれています。そしてとても重要なことは, 社会脳の機能は他の機能と基本的に独立したシステムを持っていると考えられることです。 脳は生きていくために様々な情報を取り扱い, 処理していますが, そういった汎用的なシステムを流用して社会的な情報 「も」 処理しているのではないのです。つまり, 社会的な情報処理に専門特化したメカニズムが人の脳内に存在しているということになります。ニューロダイバーシティの教科書 村中直人p.59 他にも社会脳ネットワークの主要な脳の神経回路が様々な研究から報告され, 知見が蓄積されてきています。 こういった社会脳のシステムは, 言い方を変えれば 「相手が人間の時だけ働く脳」 と言うこともできるでしょう。神経学的多数派の人たちの脳の中には,人間を特別扱いし相手が人間の時だけ働く専門プログラムが存在し, しかもそれは本人でも制御不能なくらいに強くその人の注意や行動に影響を与えているのです。 その為当然の帰結ですが,そういった特性の持ち主が多数派の社会では社会脳の機能が強く働くことが前提の価値観や文化が構築されていくことになります。 簡単にいうと、 あらゆる情報の中で人間や人間に関連する情報を特別扱いし,それらを優先的に取り扱うことが当たり前とされる社会ということになります。ニューロダイバーシティの教科書 村中直人p. 59 これらの知見は「神経学的多数派の人たちの脳は, 人間, 特に人の顔や視線情報に強く引き付けられる特性があり,自閉スペクトラム者の脳はそれらを特別扱いしない」 という1つの方向性を示唆しています。 ここで大切なことはこの傾向が,神経学的多数派の方も、自閉スペクトラム者の方も、普段自覚されないような自動的で無自覚なボトムアップ情報処理レベルの注意特性であるということです。かつて自閉スペクトラム者について,人や視線を積極的に回避し自分の世界に閉じこもっていると考えれられたこともありましたが, 現代科学の知見はその考えを明確に否定しています。 ニューロダイバーシティの教科書 村中直人p. 63 ます。「物」と「顔」で注意の解き放ちに差のなかった自閉スペクトラムの子どもたちに,顔写真の目の部分に注意を向けるように指定すると注意の解き放ちに差が生まれたのです。 つまり顔に注意がくっつくようになったのです。これらの知見から, 自閉スペクトラム者の行動特徴の背景にあるのは機能そのものの問題なのではなく,自発性や志向性の相違なのではないかという視点が浮かび上がってきます。 この自発性という視点は 「心の理論」ニューロダイバーシティの教科書 村中直人p. 65 ここで大事になってくるのは, 「あるべき機能がない」 という欠損,欠如の視点ではなく,自閉スペクトラム者の自動的な注意はどこに向かう傾向があるのかという基本メカニズムを理解しようとする眼差しです。 なぜなら人の注意というものは覚醒し意識を働かせている限り、 必ずどこかに向いている性質のものだからです。そしてその注意の向かう先が 「正解」「適切」かどうかというのは、価値観や文脈に依存する文化の問題です。ニューロダイバーシティの教科書 村中直人p.・68 くどいようですが重要なので再度お伝えしたいのは, これは本人も無自覚なレベルで起こるような, 自動的,自発的な注意の志向性レベルでのお話です。 意図的,能動的に自分の注意をコントロールするレベルのお話ではありません。 自閉症スペクトラム者の方も意図的に人に注意を向けることはもちろんありますし, そのこと自体に障害や困難があるわけではないのです。つまり、本人の自覚以前のまさに 「特性」 レベルの出来事です。ニューロダイバーシティの教科書 村中直人p. 69 私はこのことを説明するときに 「ものごとと先に出会う人たち」 という表現を好んで使います。 神経学的多数派の人たちは圧倒的に 「にんげんと先に出会う人たち」 と言えるのではないでしょうか。ニューロダイバーシティの教科書 村中直人p. • 74