心の理論
小さな子ども向けのテストを一つ紹介しよう。 これは心理学者たちが「サリーとアンのテスト」と呼ぶものだ。人形のサリーとアンはソファで一緒にビー玉遊びをしている。 サリーはビー玉をソファの片側のクッションの下に隠すと、部屋を出る。アンはサリーがいなくなると、サリーが隠した場所からビー玉を取り出し、ソファの別の側のクッションの下にそれを隠す。 あなたはこの状況を、二つの人形を使った寸劇で子どもに説明する。 そしてこの後、サリーが部屋に戻ってくると、 あなたは子どもたちに 「さあ、サリーはビー玉がどこにあると思っているでしょう、サリーはどこでビー玉を探すと思いますか?」と尋ねる。 四歳の子どもであれば、 アンがビー玉を隠した場所を指さすだろう。そこにビー玉があることをちゃんと知っているからだ。 だが五歳の子どもは、サリーが部屋を出る前にビー玉を隠した場所を指す。 これは大きな差だ。 五歳前後 (場合によっては五歳より少し前、またはあと)になると、子どもの心は大きな成長を遂げ、 「心の理論」 を持つようになる。 四歳の子どもは、自分が知っていることと他者が知っていることの違いが区別できないので、 自分が知っていることは、ほかの人も知っていると考える。 しかし五歳になると、 自分が知っていること(アンがビー玉を隠しなおしたので、ビー玉は実際には別の場所にある)と、他者が知っていること(サリーは、アンがビー玉を隠しなおしたことを知らないので、ビー玉は自分が隠した場所にあると思っている)を区別できるようになる。なぜ私たちは友だちをつくるのか ロビン・ダンバー・134ページ ここで鍵となるのが「誤信念」 だ。 これは、 他者が信じていることが真実ではないとあなたが知っていることを指す。 哲学者たちが言うように、 それが 「心の理論」 を持つ、 あるいは獲得するということだ。 もっと平たく言えば、 心の理論とは思考察知またはメンタライジング、すなわちほかの人が考えていることを理解する能力、 あなたが世界をどう見ているかではなく、 他者が世界をどう見ているかを理解する能力だ。なぜ私たちは友だちをつくるのか ロビン・ダンバー 135ページ 「心の理論」 を持つということは、他者の考えを推測する心の機能があるということであり、 心の理論が重要なのは、それを持っているのがヒトとおそらく類人猿 (チンパンジー、ゴリラ、オランウータン)だけだからだ。知覚を持つそれ以外の動物で 「私は......を知っている」 以上の意識を持つものはいない。 彼らはヒトの四歳児と同じで、サリー同様、 自分の状況とは異なる状況が存在することを理解できないのだ。なぜ私たちは友だちをつくるのか ロビン・ダンバー 138ページ 私たちの最初の研究では、一般の成人のメンタライジング能力の生来の上限はいくつかを探り、平均五つの心的状態が上限という結果が出た。 ちなみに五つの心的状態とは、物事を次のように考えられることを言う。 「サリーがフレッドを愛しているかどうかを、 ジェマイマがサリーに聞くことをジムは期待しているのだろうか、とあなたが思っていると私は考えている」。一般の人で、これ以上の心的状態を扱える人は、 全体のわずか二〇パーセントだ。 その後、 私たちは半ダースほどの調査を実施し、この結果を確認した。なぜ私たちは友だちをつくるのか ロビン・ダンバー・144ページ 第三章では、脳内の心の理論ネットワークのサイズ (特に前頭前皮質のサイズ)と友人の数には相関関係があることを、ペニー・ルイスとジョアン・パウエルと私が明らかにしたことについて述べた。 そして本章では、メンタライジング能力が、 友だちの数と相関し、 心の理論ネットワークの脳領域サイズとも相関していることを見てきた。では、この三つの要素のあいだにはどのような因果関係があるのだろうか? 脳のサイズがメンタライジングの能力に影響するのか、それとも友人の数が脳のサイズに影響するのだろうか? ジョアン・パウエルはパス解析と呼ばれる統計技術を用いてその因果関係を探り、 脳のサイズがメンタライジング能力を決定し、 メンタライジング能力が友人の数を決定することを明らかにした。 これは、 社会脳仮説 (大きな集団内で暮らすにはなぜ大きな脳が必要なのか) を説明すると同時に、 ヒトが多くの友人関係を同時に維持する仕組みを理解するには、メンタライジングに関わる認知プロセスこそが鍵であることも教えてくれている。なぜ私たちは友だちをつくるのか ロビン・ダンバー・148ページ オックスフォードでの私の同僚、ジェフ・バードは、頭につけた電極を通じて微弱な電流を流すことで、電極のすぐ下にある脳領域のスイッチを入れたり、 切ったりする比較的新しい技術、 経頭蓋磁気刺激 (TMS)を活用して実験を行った。 その結果、 被験者の側頭頭頂接合部に正の刺激を与えると、 他者の視点を理解する能力を測る「他者視点取得課題」の回答精度は上がり、抑制的な刺激 (その脳領域を遮断する刺激)を与えると、回答精度は下がった。 しかしその刺激が心理状態を自分や他者に割り当てる能力に影響することはなかった。なぜ私たちは友だちをつくるのか ロビン・ダンバー・148ページ 大きな影響を及ぼす。 したがって前頭極が小さい人は、自身の行動を抑制する力も、物事を長期的視点で見る力も、自分を怒らせた友人を許す力も、さらには偶然の行動と意図的な行動を区別する力も弱い。 つまり、衝動的行動を抑制する力と心の理論が組み合わされて初めて、私たちは社会生活と友人関係を円滑に営めるようになるのだ。行動を瞬時に決める能力は、 食べ物を探す場面より、物事が素早く展開する社会的な場面でのほうが重要...なぜ私たちは友だちをつくるのか ロビン・ダンバー 155ページ