限りなき夏
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訳者、編者は古沢嘉通。
国書刊行会の〈未来の文学〉叢書の一部。
入手難度が低め。
最良の紹介者によるベスト短編集
本アンソロジーを編み上げた古沢嘉通氏は、二〇二〇年現在の日本において最も重要なプリースト紹介者だ。
そんな古沢氏がプリーストの代表的短編を選りすぐったこの本は、プリースト入門に最適の一冊のひとつだ。
一作ずつ掲載順に見ていこう。
「限りなき夏」(一九六七年)は、プリースト作品としては比較的素直な構成を持った時間テーマの恋愛SF。海外SFのベスト・オブ・ベスト傑作選である『20世紀SF』シリーズ(河出文庫)に収録されたことからも、その完成度の高さは折り紙つきと言えるだろう。
「青ざめた逍遥」(一九七九年)も、同じくタイムスリップと強い恋慕の情を主題としたSFだが、こちらは世界線の分岐を扱っていてほろ苦い後味を残す。
時間跳躍のための中心的なガジェットとして用いられるフラックス流路は「科学によって還元不能で、ある理由から撤去も破壊もできない巨大な人造物」なのだが、こうした性質を持つ建造物をこの作家は偏愛してきた。
「逃走」(一九六六年)は、当時二十三歳のプリーストが発表したデビュー作。掲載誌である「SFインパルス」は、ニューウェーブというムーブメントの中心として有名な「ニューワールズ」誌に次ぐ影響力を持っていた商業誌(プロジン)だ。
いかにもニューウェーブファンの青年が書きそうな、「いわく形容し難いアトモスフィア」一点豪華主義の趣がある作品で、一読すればプリーストがその後成長させてゆく才能の片鱗を感じとることができるはずだ。
終末の気配が迫る先進国。政府の高官と思しき人物が危機から逃れるべくハイウェイを飛ばす。逃走車両の窓の外には、不気味な大衆の影が映りこむ。
フロントガラスの向こう側にいて、高官を脅かすことはできないはずだった大衆が、やがて脅威となって迫ってくる不気味さの演出は、天性のセンスの良さとでも呼ぶべきものに支えられている。
「リアルタイム・ワールド」(一九七一年)は後年発表の長編『逆転世界』と同じく、認知の齟齬を扱った作品。 特殊な環境におかれた研究機関を舞台としているところは、前年に書かれたデビュー長編『伝授者』と少し似ているかもしれない。邦訳作品の中では数少ない、無骨な手触りを残したアイデアストーリーだ。
「赤道の時」(一九九九年)は〈夢幻諸島〉と呼ばれる不思議な世界についての短い文章。
『限りなき夏』に所収の全八編のうち、この「赤道の時」から「火葬」「奇跡の石塚」「ディスチャージ」と続く四編は、すべてこの〈夢幻諸島〉を舞台とした連作の一部だ。単行本未収録の「娼婦たち」「観察者」「否定(拒絶)」の三編もすべて同連作にふくまれるので、プリーストの全十一本の既邦訳短編のうち、実に過半数強となる七作が〈夢幻諸島〉世界を舞台にした作品ということになる。
「火葬」(一九七八年)の舞台も〈夢幻諸島〉のひとつで、奇妙な習俗の残る熱帯の島。遠い親戚の葬儀に参加するためにこの島を訪れた主人公は、退屈な会食のさなかに肉感的な女性からの誘惑を受ける。
テクニックの円熟を感じさせる逸品で、モダンがかった「奇妙な味」を楽しめる。ストレートな衝撃度はプリースト作品の中でも随一だ。
「奇跡の石塚」(一九八〇年)は、〈夢幻諸島〉に接した大陸の港町と、その沖合に浮かぶ島で繰り広げられる奇譚。〈夢幻諸島〉シリーズの短編はいずれもきわめて完成度が高いが、中でも本作は、枯淡の境地へ踏み込んでゆこうとするプリーストの超絶技巧が炸裂する傑作。
作中では過去と未来の性的体験が危うく交錯して主人公を奪いあい、引き裂こうとする。ある意味ではこれも「限りなき夏」「青ざめた逍遥」と同じく、時間恋愛SFと言えるのかもしれない。いずれにせよ描写の密度が高く保たれ、お定まりのステロタイプを全く用いないがために、片時も読者をリラックスさせない作品だ。
「ディスチャージ」(二〇〇四年)はアンソロジーを締めくくるにふさわしい、プリースト一流の芸術論兼反戦文学。夢幻諸島最大の島ムリセイ(ミュリジー)にそびえる娼館と、触発主義絵画と呼ばれる架空のアートがひとりの兵士の魂をつかむ。そして彼に、彼自身を体制から解き放つ力を与える。
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青の零号 @BitingAngle さんの書評