夢幻諸島から
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新書判 448ページ
定価 1,700円+税
入手難度は低い
目次 オーブラック編から読むのがおすすめ
「序文」 Introductory チェスター・カムストン(Chaster Kammeston)
「風の島 (アイ)」 Island of Winds
「静謐の地 (アナダック)」 Calm Place
「ジェイム・オーブラック (大オーブラック)」 Jaem Aubrac
「雨の影 (チェーナー)」 Rain Shadow
「沈黙の雨 (コラゴ)」 Silent Rain
「鋭い岩 (デリル -トークイン)」 Sharp Rocks
「大きな家/澄んだ深海 (デリル -トーキー)」 Large Home/Serene Depths
「暗い家/彼女の家/夕暮れの風 (デリル -トークイル)」 Dark Home/Her Home/Evening Wind
「すべて無料 (エメレット)」 All Free
「台無しになった砂 (フェレンシュテル)」 Spoiled Sand
「吊された首 (フェレディ環礁)」 Hanging Head
「歓迎せよ (フールト)」 Be Welcome
「芳しい春 (ガンテン・アセマント)」 Fragrant Spring
「凍える風/大提督劇場 (グールン)」 Chill Wind/The Seacaptain
「手に入れた平和 (ジュノ)」 Peace Earned
「曖昧な痛み (キーアイラン)」 Grey Soreness
「二頭の馬 (ランナ)」 Two Horse
「忘れじの愛 (リュース)」 Remembered Love
「完成途中/開始途中 (マンレイム)」 Half Completed/Half Started
「伝言の運び手/足の速い放浪者/無人機 (ミークァ/トレム)」 Bearer of Messages/Fast Wanderer/The Drone
「行方の定まらぬ水 (メスターライン)」 Drifting Water
「赤いジャングル/愛の戸口/大きな島/骨の庭 (ムリセイ)」 Red Jungle/Threshold of Love/Big Island/Yard of Bones
「遅い潮 (ネルキー)」 Slow Tide
「険しい山腹 (オーフポン)」 Steep Hillside
「たどった道 (ピケイ1)」 Followed Path
「たどられた道 (ピケイ2)」 Path Followed
「唱えよ/歌え (ローゼサイ1)」 Declare/Sing
「臭跡/痕跡 (ローゼサイ2)」 Spoor/The Trace
「静かな波音を立てる海 (リーヴァー)」 Hissing Waters
「死せる塔/ガラス (シーヴル)」 Dead Tower/The Glass
「高い/兄弟 (サンティエ)」 High/Brother
「口笛を鳴らすもの シフ)」 Whistling One
「古い廃墟/かきまぜ棒/谺のする洞窟 (スムージ)」 Old Ruin/Stick for Stirring/Cave with Echo
「大聖堂 (ウインホー)」 Cathedral
「ダークグリーン/サー/ディスカント (ヤネット)」 Dark Green/Sir/The Descant
六八歳。ライフワーク連作の中心に浮かびあがる記念碑的大作
独特の魅力を持った、連作短編とも長編とも言いがたい作品である。
〈夢幻諸島〉に浮かぶ島々をひとつずつ紹介する架空ガイドブックという形式を一応はとって、この小説は少し語られてゆく。登場人物である芸術家たちの関係が描く航跡は、ときに交わりあい、ときに反発して、あるいくつかの点では矛盾を湧き上がらせる。不思議な山水画が延々と続く絵巻物を読み進めていくような、そんな唯一無二の読書体験を楽しむことができるだろう。
イタロ・カルヴィーノの『見えない都市』(一九七二年発表、英訳は一九七四年)は、架空の都市がひとつずつ紹介されるという形式をとる小説で、しばしば『夢幻諸島から』とよく比較される。ここではこのカルヴィーノの作品と『夢幻諸島から』との相違を見ることで、プリーストの技巧の特質について考えてみよう。
『見えない都市』においてカルヴィーノは、連想の自由さを使いこなすことで、あらゆる思考の網羅的カタログを作り出そうとした。結果として、都市間の関係は希薄なものとなった。そのためカルヴィーノは、この作品の末尾を具体的な都市の描写ではなくて、次のようなお題目で閉じるしかなくなった。
もしも地獄が一つでも存在するものでございますなら、それはすでに今ここに存在しているもの、われわれが毎日そこに住んでおり、また我々がともにいることによって形づくっているこの地獄でございます。これに苦しまずにいる方法は二つしかございません、第一のものは多くの人々には容易いものでございます。すなわち地獄を受け容れその一部となってそれが目に入らなくなるようにすることでございます。第二は危険なものであり不断の注意と明敏さを要求いたします。すなわち地獄のただ中にあってなおだれが、また何が地獄ではないか努めて見分けられるようになり、それを永続させ、それに拡がりを与えることができるようになることでございます
重力と固定観念が支配するこの世界から脱却しよう。そのために眼をうまく使って見えない都市を垣間見よう。マルコ・ポーロの口を借りたカルヴィーノの宣言は、悲痛ではあるがぎりぎり楽観的なものでもあった。そして彼が考案した、「フビライ・ハンとマルコ・ポーロのダイアログをはさみつつ都市のエピソードを語る」という枠組みは、制約を最小限にとどめつつ全体をまとめ上げるためには大変効果的だった。
だが、『見えない都市』はこの点ある意味で、都市というイメージの力を借りながらも、すんでのところで観念的な結論から逃れそこねた作品であるとも言える。
一方で『夢幻諸島より』でプリーストが用いた手法は、カルヴィーノとは似て非なるものだ。確実に作動する言葉と使い慣れた仕掛けを用い、つまりはひとつひとつの要素が生み出しうる多義性を正確に把握し、制約した上で、ひとりひとりと芸術家たちを島々へ撒いてゆく。
その手つきは大変に禁欲的なものだ。プリーストはいたずらに発想の飛躍をさしはさむことなく、ある統一された設計意図のもと、描写し、矛盾させ、空白を作っている。
本作の掉尾を飾る章「ヤネット」(島の名前だ)においては、山にトンネルを穿って作品とする不思議な芸術の創作過程と、芸術家たちの揺れ動く男女関係が並行して語られる。
この章のクライマックスでは、一度は疎遠になったふたりの芸術家がふたたび肉の交わりを結び、完成したばかりのトンネル芸術がはじめて作動する。部分をとりあげても仕方がないのでここでは引用しないが、この長編の冒頭から張り巡らされた仕掛けが一点に収束するすばらしい文章だ。
評者はプリーストが自らに課した禁欲と、単一の情景描写によって作品を閉じおおせた技巧を高く買いたい。一九七八年から二〇〇六年にかけての長期に渡る計画の果てに、夢幻諸島はついに「ヤネット」における厳密な美を達成したのだ。世界文学がとりうる理想的な姿のひとつが、間違いなくここにはある。
-----------memo--------------
備忘
横断して登場する人物たち
モイ
バーサーストのモデルになった
オイ
作家カムストン
島から出なかったことになってるのに別のエピソードでは出ることになってて謎い
というか死んでるはずやのにまえがき書いとるやんけ
そもそも作中作としてのガイドブックと本書が同じものではない公算が高い。明らかに中編小説だったり取り調べ書だったり告白だったりするのにガイドブック扱いされてるのもあるし。
社会運動家カウラー
なんかカムストンの弟の回での描写があやしい
トンネル芸術家ヨー
画家バーサースト
めっちゃ出てくる
一説にはカムストンが伝記を書いたことになってる
触発主義画家ラスカル・アシゾーン
パントマイム役者コミス
作家モイリータ・ケイン
新聞記者ウィラー
ワインズバーグオハイオ思い出した
偽名/ガラス板/詩人ケイプス/トンネルくぐり/脱走兵保護法/ドローン/夜間の爆発/黒い塔/時間の勾配
通貨単位でなんとなくの位置がわかる
ガラス板は「逃走」のフロントガラス以来プリーストのお気に入り。
というかまあ行きがかり上現代芸術が使わざるを得ないマチエールのひとつ。
Rothesay(ロスシー、プリーストが晩年を過ごしたビュート島の港町)とRawthersay(ローザセイ)は関係あるのか?