イタローの文学へのレター5
from イタローの文学へのレター2
イタローの文学へのレター5
『 源氏愛憎 源氏物語論アンソロジー』
古今の源氏物語をめぐる言説の数々。一筋縄ではいかない鵺のような相貌を垣間見せる源氏物語の奥深さ。
丸谷才一『恋と日本文学と本居宣長・女の救はれ』読了。
面白かった。「恋愛・女人往生・もののあはれ」などをキーワードに、日本文学を中国文学や西洋文学との比較や歴史的文献的な考察から論じる。
……といっても堅苦しい語りではなく、明快で軽みのある調子で日本文学の特質を伝えてくれる。
『伴侶』サミュエル・ベケット
沈黙の中で繰り返される回想、闇に消える一人の語り。執拗に彼に/彼を語る声。想像することの反芻。「すべてを自分の伴侶として想像しながら。それは、伴侶としてどんなに役立つことか。さらにまた別の者が、すべてを自分の伴侶として想像する。そっと、そっとしておこう。」弱音器によって奏される走馬灯のようなつぶやき。
サルトル『嘔吐』
読む前のイメージよりぜんぜん興味深く、楽しい体験だった。
主人公の歴史家ロカンタンが存在に対する違和感から〈吐き気〉を感じつつフランスの港町を彷徨するというあらすじだが、筆致は時に詩的で、エピソードも強い印象を残すものが多く、飽きさせない。
前半はメモをとりつつじっくり読んだが、後半は内容が思想的かつスリルに富んだものとなり、ついつい一気呵成に読んでしまった。
既成作品・ジャンルの辛辣なパロディー、グロテスクなユーモアが随所にあり、難解かつ深刻な内容ながら笑い袋を刺激された。そもそもの結構が、鬱屈とした独り身の男の混乱した奇妙な独白と考えるとむしろ愉快でさえある。
まるで映画の一場面のようなアニーとの対話、〈吐き気〉から見たあらゆる存在が混在した奇怪な世界のヴィジョン、滑稽かつ悲惨な独学者の顛末、明るく快活な海辺と暗く湿った陰鬱な裏路地をゆく場面の対比、一見とるにたらない情景を強靭な思索の端緒に変える魔術的な視点と文体など、見どころは多々あるが、総じて何か忘れがたいもの、作中でいうところの「ひとつの観念」、または〈吐き気〉、あるいはふてぶてしい存在というものの手触りを否応なく体験させてくれることは間違いない。
決して期待を裏切ることなく、また予想を裏切って魅力的な小説だった。
『クレア』
大長編小説『アレクサンドリア四重奏』の最終巻。読み終わった瞬間、うわーッとなった。感情の渦のような、空白のようなものに襲われて、クラクラっときた。構成も文章も思考も織り紡がれ繰り広げられるアラベスク全てが脳髄をガツンと刺激する、古都アレクサンドリアで語られる猥褻で絢爛たる物語。四巻どれも美しく残酷で死の匂いが漂っている。だからこそのこの素晴らしい見事なクライマックスと完璧な結末。なかなか出会えない常に充実した読書体験だった。この小説に出会えてよかった。思わずまた一巻目をひっぱりだしてパラパラめくってみた。
アラン・バディウの『ベケット 果てしなき欲望』哲学と文学のこの上ない相乗効果をあらわしてる。
乱暴に一部分を引けば、ベケットに対する「不毛さの表現」という見方をくつがえし、存在への意味づけを剥ぎとり引き算していくことで「出来事」を到来させ、さらにそれを名指すことに失敗することで、「真理」や「美」を浮き彫りにするといったことを書いてる。この逆転した見方はさいきん少し考えたことと近かったので、なんとか理解できた。
サミュエル・ベケット『どんなふう』
「ちょっと愉快 ここに不在なら その分だけ愉快」超おススメ。ベケットの作品ではリズム抜群で読みやすいし物語らしきものはシンプルだしメッセージが前向きなので初めてでも是非。詩と小説のやろうとしてることを高水準でやってのけてる。ベケットがドイツ語で読んでいたらしい『城』のオマージュもあって(しかも問題を乗り越え(ようとし)ていて)カフカ好きにも。こうしてみると、『ワット』『名づけえぬもの』『どんなふう』とベケットは常にそれまでの自作を内包しつつ否定しつつ肯定しつつ忘却しつつ書いていったんだな。ク、ワクワット。
深沢七郎「楢山節考」
個人的な感想としては、これは森敦の『われ逝くもののごとく』のように、私の生来の感覚で理解できるもので、いわいる海外の「文学」を読むのとちがってとてもすがすがしかったです。最後まで読んでよかったです。
読みかけだったので最後のほうから読むことになりましたがそこがとてもよかったです。日本語のつかいかたがとても相性よく読めました。
ジェイムズ・ジョイス『若い芸術家の肖像』丸谷才一訳 読
アイルランドの若者スティーブン・ディーダラスが、カトリックやアイルランドの地と決別し芸術家として羽ばたこうとするまでを描く。物語は幼年期から始まり、青年期まで。ディーダラスの芸術思想や、当時のアイルランドの風俗と時事情勢、神学的問答、そして学生たちの群像などが、仕掛けいっぱいに魅力的に描かれる。時期によって文体や方法が代わっていく。とても瑞々しく、若々しい汚れに満ちていて、素晴らしい小説。
イタローの文学へのレター3