2026-01-04
昨日は朝から自転車で転び、その後は必死に仕事をした一日だった。
地面が白く凍り、ほんのり粉雪の舞う中、おっしゃ初仕事でーい!と気を引き締めて自転車に乗った。RERの最寄り駅までは自転車で20分くらい。ずっと下り坂なので楽ちんなのだった(帰りはしんどい)。
高速の入口のところでブレーキをかけたところあっという間にタイヤが滑って綺麗に自転車が飛んでいった。私は自転車がなくなった場所にそのまま腹ばいみたいな形でさあっと滑って着地。無意識だったのだけれど左側の車道に自転車が滑り出さないようにハンドルを握りっぱなしだったせいか、肩が半分外れてしまった。完全に外れたわけではなかったので肩をもぞもぞしたらかこんとはまってくれたし握力もありそうなので引き続き自転車に乗ろうとしたらハンドルが45°そっぽを向いてしまっている。ペダルも固まってしまって漕ぐことができない。困ったな…と思いつつ自転車にまたがりずるずると坂を下りつつしばし悩む。このまましばらくは漕がずとも惰性で降りて行けるがRERの駅まで行くのは不可能だ。時間的にも間に合わないし、この坂道もいつかは終わってしまう。坂の終わるあたりにメトロの駅があるからそこまで行くか…?とも考えたけれど、この不安定な自転車で坂道を降りてゆくのは(ブレーキをかけるのも怖いし)危険すぎる。パリは自転車は車道の端っこを走っているのだ。ちょうどその時に道沿いにバスが走っていることを思い出す。そのままずずと滑りつつ、バス停が見えたあたりで自転車を停め鍵をかける。手がうまく動かないので手間取ったが、どうやら間に合いそう…!と走っていったのにあと5mくらいのところでバスが行ってしまった。私のこと見えていたはずなのに!意地悪!次のバスは15分後…ならばなおさらさっきのバスは10秒くらい待ってくれたってよかったんじゃないか?お正月で道だって空いてるのだし。ケチ!とつぶやきながら地図を睨む。最寄りのメトロまで歩くことにした。
歩きながら体を診断する。手の重みが肩にかかると痛いし、向けられない方向がある。上げられる高さにも制限がありそうだ。膝も擦りむいているな…もしかしたら水くらいたまるかもしれない。その日の指圧のお客さんは3人ともお私の倍くらいの体格なので普段でさえ珍しくへとへとになるのだけれど、この不自由な体でやり遂げられるか心配になってきた。電車の中でも本を読む余裕がなかったほど。
結局はまったく遅刻もせず、肩が脱臼したことも悟られずに仕事をこなすことができた。いつもよりちょっとだけへんな汗が出たが。よかった。
帰りには道の途中に置き去りにした自転車もひきとってちゃりちゃり引きずって帰った。ハンドルは曲がってしまったし、また後輪が歪んでしまったのかもしれず、去年の5月にも自転車を壊したことを思い出して、ごめんね…と悲しくなっていたが、家に帰ってSに見せたらハンドルは接続部分から回転しただけ、ペダルが踏めなかったのはギアが外れていただけでさほど修理の必要もなかった。よかった。
2026年の教訓、雪の日に自転車に乗るのはやめよう。
『砂糖の歴史』を何となく読みながらだったので、この、白いものの神聖さについて考えていた。 それから、ドレスデンに行った時に見た、空襲で粉々になったけれど市民が破片を集めて再建した教会のことも思い出していた。そういえばドイツは、戦後、自国の傷を嘆くことがなかなかできなかったのではないか。
そんなことを考えていた。
45分くらいで一気に読み通した。
この著者のものを、もう少し読んでみたいな。
『庭の話』はふたたび断念。
すべて私の頭がついてゆかないせいだと思う。読了ということにする。
そういえばこれを原作としたNetflixのドラマを見ている。まさにこの檻の中の女がモチーフなのだけれど、特に女性の方の設定が原作とだいぶかけ離れていてこの後どうなるか興味深い。
ドラマとしてしっかり描けていそうだし、なにしろ色の美しい映像。