レビューの「星」問題
Amazon、食べログ、BGGなどなど。
そこで繰り広げられる「星2」や「星4」といった評価がありふれるようになってもう何年経つでしょうか。
https://gyazo.com/805e5227415e3536183ed721e8fab60c
ボードゲームのレビューにおいて、
「★★★★★ 面白かった!」
「★☆☆☆☆ not for me!」
といった評価が何を表すのか、今回は考えてみたいと思います。
「レビュー」の語源は、文字通り「再び(re-)、見る(view)」ことです。
「その経験から一歩引いて、対象の意味や価値を改めて考え、評価する」という、内省的なプロセスを含意します。
「レビュー」が意味すること:
再調査・点検 (Inspection / Examination)
批評・論評 (Critical Assessment)
復習 (Revision / Studying Again)
回顧・概観 (Retrospective Survey)
など。
「星」の意味するものは恣意的
ソシュールの講義で有名な話ですが、記号(シニフィアン)がもつ意味(シニフィエ)はいつも自明とは限りません。
当然、「星」も記号です。
「記号の意味は、他の記号との差異の体系の中で恣意的に決まる」というのが彼の考察でした。
例えば「星5」が意味するのは、「『星4』や『星3』ではない」という差異によって、初めて規定されるように。
さらにこの意味の区切り方は、文化という共同体によって異なります。
「普通である」と感じたときに、「星3」をつける文化圏もあれば、「星5」をつける文化圏もあります。
もっといえば、「普通」という文字(記号)が、何を意味しているか(規範)も、文化圏や共同体によって異なるということでもあります。
つまり「星」という記号は、普遍的な価値を指し示すのではなくて、特定の文化的な言語体系(ラング)の中でのみ、その意味をつくる、このような構造主義的な理解が現代では一般的かと思います。
レビューには感情表出や指令性が内在するのではないか。
メタ倫理学に、反実在論という立場があります。
そのレビューは、ゲームの客観的な価値の記述を試みているのではなく、そもそも書き手の「私はこのゲームが好きだ(あるいは嫌いだ)」という感情や態度を表明しているだけに過ぎない」という見方(非認知主義)。
最近よく聞かれる「not for me」というフレーズ(そういう記号)からも、この見方は支持できそうに思われます。
この立場には、エイヤーやスティーヴンソンの情動説と、ヘアの指令説の2つが例えばよく紹介されます。
この2つの説は、オースティンの言語行為論を補助線にすると見通しがよくなりますref. 赤林朗(編), 児玉聡(編)『入門・倫理学』。
オースティンによれば、発話とは、それ自体が一種の「行為」です。この視点に立てば、私たちの道徳判断のもつ「行為」も2つの側面に分けて考えることができます。
1. その発話によって、相手に何らかの影響を与えようとする行為(発話媒介行為 perlocutionary act)。
スティーヴンソンの言う情動説はこちらに近い。
言葉の用法の1つとして、自分の感情を表明したり、他者の態度や行動に変更を迫ったりする動態的用法 dynamic use として区分しています。
2. 発話すること自体が、一つの完結した行為(発話内行為 illocutionary act)。
例えば、「宣言」や「約束」など。
ヘアの言う指令説はこちらに対応すると前掲書ではいいます。
その道徳判断には、「——せよ」という指令的意味 prescriptive meaningが含まれるという立場です。
レビューは厳密には、道徳判断ではありません。けれど、非認知主義の情動説や指令説の立場と、何か類比的に考えられそうな気がしてなりません。
その「星」は参加している言語ゲーム次第によって意味が異なる。
言語ゲームとは、ヴィトゲンシュタイン(-クリプキ)の概念で、「言葉の意味とは、それが使われる生活の中での『役割』や『使い方』の多様な総体である」ということを指しています。
チェスの駒の意味が、チェスというゲームのルールの中でしか意味を持たないことと同様に、私たちの言葉もまた、それがどのようなゲームで、どのようなルールの下で使われているかによって、その意味を絶えず変化させている。このようなことを言い表した言葉が「言語ゲーム」です。
星(そしてそのレビュー)は、どのようなゲームに参加していて、どのような意味をもつでしょうか。
例えば:
批評ゲーム
書き手は客観性と論理性を競う。
これは、(前述の)「review」の語源と近い使い方かもしれません。
書き手が内省するゲームです。
情報共有ゲーム
書き手はそのゲームのルールや内容の紹介に徹する。
1つの作品に対して、そのコミュニティに共通理解の土台を作ろうとするためのゲームでしょうか。
感情表明ゲーム
書き手自らの「好き」(あるいは「嫌い」)の熱量を表現し、共感を求めるものです。
推薦と承認のゲーム
書き手は、他者の行動を促したり、自らのコミュニティ内での立ち位置を確認したりするものです。
今回は「星」を手掛かりに、その意味の恣意性や、参加しているゲームを考察してきました。
お気づきの方も多いかと思いますが、私たちが使う言語はすべて「星」と同様に記号です。あなたが話す言葉も、私がこうしてここに書いている文字も、記号です。
このような「意味」も「参加ゲーム」も異なるなかで、「何かが通じた瞬間」あるいは「何かが伝わってきたかのような瞬間」、その内容が送信者と受信者との間で厳密には一致していなかったのだとしても「通じ合えたかもしれない」という時間が起こることは、奇跡というか、それだけで感動するようなことなのだと、私は思っています。
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