廟算八要素
定義
廟算八要素とは:プロジェクトを進めるための所与のリソースや条件
具体的にいえば→ひと、お金、時間、クオリティ、商流/座組、環境、ライバル、外敵
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※画像引用:「紙1枚に書くだけでうまくいく プロジェクト進行の技術が身につく本」(翔泳社,2020)
プロジェクト設計とは、踏破ルートを考えるということ
そもそも、プロジェクトの状況というものを、ギリギリまで少ない要素に抽象化すると「目標」「資源」「制約」というふうに分解することができます。そして、プロジェクト設計とは、この3要素を鑑みたうえで、実現可能な最短ルートを探し出すことだ、と言えます。
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問題は、この3要素が、時間の経過とともにそれぞれ別個に、独立して変化していく、ということです。その変化の度合いが大きければ大きいほど、そのプロジェクトの難易度は高まりますし、逆に、小さければ難易度は下がります。
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実は、そもそも、ある時点でプロジェクト設計を実施し、それを実行に移すことそのものが、三要素の変化を促すことに直結してしまう、という場合もあります。化学実験で、完全な閉鎖環境を作って、外部から操作をするようなことであれば、その系を制御することも可能かもしれませんが、私たちのプロジェクト活動とは、外部環境に開放された主体者同士の相互作用の連続であるわけですから、この「絶え間ない変化」から逃れる術はありません。
未知の未知
ここでご紹介しなければならないのが、「未知の未知」という言葉です。プロジェクト活動において、つい人は「知らないことがわかっていること(既知の未知)」に着目しがちです。例えば、顧客の要望がわかっていないから、インタビューしにいこう、とか。あるいは、新しい技術だから、その特性を勉強しにいこう、とか。
人間は、知らないことがわかっているからこそ、それを探すことができるのですが、プロジェクトの進行に真に影響を与えているのは「知らないことすら知らないこと(未知の未知)」なのです。
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最初に出した本である「予定通り進まないプロジェクトの進め方」では、まさにこのことを言いたくて「プロジェクト工学三原則」を提唱したのでした。
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このように考えていくとやはり、WBS的な「管理」の思想とは、「閉鎖系」でありかつ「要素同士の相互作用のあり方が既知である」場合に有効なものであり、「開放系」である「要素同士の相互作用のあり方が未知である」場合には、適用にならないのだ、ということが、はっきりと認識されます。
もう一歩踏み込んで言えば、今日の経済活動は安定した環境におけるルーチン的な活動と、変化が激しい環境におけるプロジェクト的な活動が「混在」している、ということです。ある局面では「管理」を中心に行動すべきでも、ひとたび何かが変わると「即興性」が求められる。非常にメタ性の高いモードチェンジがあってはじめて、経済行為が成立するという、なんとも複雑なことになっているのが、現代社会である、とも言えます。
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廟算八要素とは、ずばり、こうした「状況」を省察するためにこそ、あるのです。状況が見えていないのに、施策を考えたところで、「下手の長考休むに似たり」になってしまいかねません。当然、神の視点で完全に状況を俯瞰することは不可能なことですが、それを前提として「いま持っている認識の最新現在地」について意識的であることは、常に必要なのです。
以下、各項目について、もう少しだけ詳しく、ご説明します。
ひと
プロジェクト活動とは、つきつめるとモノを扱い、モノを生み出し、モノを動かすことです
しかし、それをするためには必ず、人を扱う、人と向き合う、ということが避けられないものです
プロジェクト活動のなかで関わりを持つ人の、動機や利害、関心、能力、思考パターンや価値観、行動原理、可処分所得・時間、強み弱み、といったことを深く理解すればするほど、相手の意思決定の方向性の予測が立てやすく、こちらが望む方向に行動を促すことが容易になります
しかし、実際のところは、そうした情報に深く触れることは少なく、思い込みによって覆われていることのほうが多いものです
プロジェクト活動に対して最も影響度の強い要素がまさにこの、ひとにおける未知の未知であり、これを意識せずしてプロジェクト活動というものがうまくいくことは、まずありません
お金
本項目においても、考慮すべき要素は多面的にあります
およそどんな経済活動であっても、売上やコスト、利益率、といったことを意識しないわけにはいきません
とりわけ重要なのが、その取り組みの予算規模の扱いです(100万なのか、1000万なのか、1億なのか、等)
プロジェクト活動において、お金は「ものごとを動かす潤滑油」です
スケール感の観点で未知の要素が多い場合には、当然、どこにどう油をさせばいいのか、勘どころが掴みづらくなってしまうため、その点についてよくよく注意を払うことが求められます
時間
時間については、まず第一に、獲得目標を達成するためのリードタイムが考慮されるべきでしょう
ただ、状況がまだぼんやりしていると、明確にデッドラインを設定するのも難しいことも多いものです
その場合は、中長期的な時間軸の想定や、関係者の可処分時間、時間的猶予の有無に着目すると良いでしょう
クオリティ
その取り組みのなかで、生み出そうとしている成果物について「どんな仕上がり、グレード感を目指すか」「どんな満足や感動を生み出したいか」について考察するための項目です
どんなプロジェクトでも、これが明快でなければ、ひとつひとつの作業のなかで、何を目指してどこまでやるかの判断ができなくなり、困ってしまうものです
例えば、受託開発の場合においては特に、まさしくこの点を明らかにする、要件定義の工程が重要となるわけですが、ただ、未知の要素が大きな取り組みだと、そもそもどこまで目指せるのかもわからない、どこまで目指すべきかもわからない、ということが、意外と多いものです
また、新しい技術を用いた案件の場合は、その技術の特性についてもしっかりと把握しておかないと、到達したいレベルに近づくことすらできない、なんてことも、起きかねません
いわゆる、ディレクターやプロデューサーと呼ばれるような立ち位置の人が、この点を上手に指導できるならば、そのプロジェクトは幸いです
そうでない場合においては、この「クオリティ」の観点にこそ、大いなる未知が潜んでいると考え、様々な試行錯誤を覚悟しなければなりません
いわゆるアジャイル的な方法論では、ユーザーインタビュー等によってこのあたりを炙り出す、とったことを体系化しており、そうした知見から学べることも、多くあります
商流/座組
どんな取り組みも、人と人(法人を含む)が関わり合う以上は、契約関係というものがあるものです
それは、契約書を交わしているかどうか、ということでなく(それもありますが)本質的には、人と人としての信義則をきちんと守って活動をしないと、活動基盤が揺らいでしまう、ということです
契約、つまり、約束とは、未来に対する宣言であり、これを守ることを約束する、ということです
どのような責任範囲で、どんな作業を行い、どんな成果を生み出すことで、どのように対価と交換されるのか、ということです
毎回毎回、ゼロベースでこの契約というものを考えると、非常に大変なので、世の中には類型的な契約関係というものが、主に民法によって整備されています
いま、自分たちがどんな契約関係で、どんな指揮系統のうえで活動しているのか、これから活動していこうとしているのか、そうしたことに、未知が多いと、思わぬことで足元をすくわれかねません
(参考)
https://gyazo.com/08976a574304ec39a5d57b5b5039bedd
https://gyazo.com/4669ed8d3e18db1fcb3cd5fc5236cf7d
https://gyazo.com/7cdeb21b7fc0da906a8d5469c3fc06e2
環境
国、地域、企業、チーム等、プロジェクト活動とは必ず、それを囲む環境のなかで実施されます
その環境が持つ文化、価値観、風土といったものについて未知な状態でなにかの施策を行う場合、意図せざる結果を招く可能性は高いものですので、新しい環境に踏み出して活動を展開する場合は、その環境における応答性を慎重かつ大胆に、そして素早く深く確認していくことが、無用のトラブルを避けるコツとなります
https://gyazo.com/ba829cda4e496e19a50ea21f0e19102b
ライバル
プロジェクト活動におけるライバルには、大きくふたつあります
つまり、資源を取り合うライバルもいれば、成果を取り合うライバルもいる、ということです
そして、ライバルの存在を考慮しないプロジェクト運営が駄目なことは、言うまでもないことです
プロジェクト活動におけるライバルの取り扱いについて、まず第一に考えたいのは、「力を互いに利用する」ということです
大事なのは資源を得ることであり、ライバルに勝つことではありません
そして、資源とは、需要や社会的関心の増加によって、必ず調達コストが低減していくものです
ライバルとは、需要を増やすための仲間である、という見方を忘れてはなりません
もちろん、ライバルとの間にそのような理想状態を作り出すためには、長期的な伏線というものが必要であり、短期的に、どうしても競争せざるを得ない状況に追い込まれてしまうこともあります
その場合には、徹底的に打倒するとか、あるいは撹乱により行動を遅延させる、あるいは別の方向に注意を向けさせる、といった戦術を考える、というのが自然なようですが、ライバルに対してなにか働きかけるよりは、単純に、自らの存在価値を高め、選んでもらえるように頑張る、というのが一番の戦略であるように思います
考えてみれば、いわゆるMBA経営学の「3つのC」や「5つの力」というやつは、まさにこのコンペティターを考えよう、ということでした
大事なのは、構図の分析に終わっては駄目で、分析結果をもとに、利害のぶんどり合戦をしている戦局を、より望ましい方向に導こうぜ、ということです
https://gyazo.com/075f1829f5328b1fc2f5748623837b9b
外敵
外敵、という言葉は、ライバルと似て非なる概念です
何が異なるかというと、外敵とは「積極的に目標達成を阻もうとする」ということです
その取り組みの存続基盤を脅かす、ということです
外敵は、人である場合もあるが、ある種の状況、という場合もあります
外敵に対して、恐れ、逃げてばかりいるようでは、自分自身の行動選択の幅を狭めることになり、よくありません
まぁ、「三十六計逃げるに如かず」という言葉もありますが
ただ、むやみに怖がらずに、正しく恐れながらも、しっかり見極めること、よく知ることも、とても大切です
懐に入り、深く知っていくなかで、敵だと思っていた存在が、意外と味方に変わる、といったことも、しばしばあります
敵をどのように見定め、対処するのか、というテーマをつきつめると、定番ですが、やはり最終的には孫子兵法に帰着するように思います
https://gyazo.com/e1008a13762e03618357ed2fc27f6cc7
参考
以下は、後藤が研修プログラムとして提供しているワークシートの一部です。
廟算八要素について、どう書いたらいいかわからない、という質問をいただいたのがきっかけで、考えるための切り口を提示しています。
どの要素にも3つの側面があります。すなわち、「必達または制約条件」「有利な条件(強みや機会)」「不利な条件(弱みやリスク)」です。各要素に対して、この3つの観点で条件を洗い出していくと、網羅性の高い状況認識が出来上がりますので、よろしければ一度、お試しいただけると幸いです。
https://gyazo.com/f66becd62f6931a693ad770443527869