プログレの歴史
以前は若者の反骨精神の表現法でもあったのにも関わらず そうして幼少期からクラシックやジャズなどの音楽に触れ、高度な音楽的な素養を持っていた彼らがロックを始め、やがて行き着いたのはプログレッシブ=前衛的なロックであった クラシック音楽のような芸術性と構成美をロックに取り入れ、様式にとらわれない実験的な試み、高度な技術による演奏、変拍子の多用など、哲学的な歌詞、従来のロックでは見られなかったまさしくプログレッシブなサウンドを体現した
極端に言えば、個性的すぎてジャンル分けが難しいバンド、楽曲
演奏形態や曲の構成ではなく、表現方法や方向性を指すジャンルであるため
そもそも五大プログレバンドにしても音楽性そのものはバラバラ
実際に聞いてみるのが一番
そもそもレコード会社やリスナー側がそう呼んでいるだけで、バンドのメンバーはプログレであることを意識していない、あるいは否定している場合が多い
プログレを意識してしまうとそれはプログレ風の音楽であり、本来のプログレではなくなってしまうのだ。
「プログレは自分たちがデビューした頃の音楽を指すジャンルであって、我々はそこから進化している」
1970年代前半に流行した英国を中心に流行した音楽の様式、およびその流れを汲むフォロワーを指すジャンルというのが実情 結局のところプログレとは単に先進的な音楽というより
現在に至るまで再ブームらしい再ブームは起こっていない
が、長いロックの歴史においてもプログレの影響は決して無視出来るものではない。
全世界で5000万枚を超えるとも言われている
彼らはプログレのムーブメント終息後も流行に媚びることなくヒット作を送り出し続けた。
1980年代の巨大産業化された音楽市場においてプログレ出身アーティストの活躍は目覚ましい メガヒットを記録
『プログレ界のスタープレイヤーで形成されたポップバンド』であるAsia
同じくポップス路線に転向したYesやGenesis
当時決して洋楽の共通趣味層とは言い難かった、SF・漫画・アニメ指向中高校生がプログレに開眼する契機をもたらした