奮闘記の徒然8
2023/7/3
日常のなかで、ふと我に帰ると、なんで自分はいまの生活をしているのか、なぜいまの生活が成り立っているのか、よくわからなくなる
よくぞまぁ、こういう性格で、こういうポジションで、生き残ってこれたものだな、、、と
世の中には、売れっ子な方々がたくさんいる
自分はその、末席にすら座っていない
それはそうだ、そういうポジションに至るための行動など、一切、取ってこなかったのだし、そういうことになる筋合いなど、なにもない、あると考える方がおかしい、なんの縁もゆかりもない
むしろ、毛嫌いしてきたのだ
にも関わらず、それらに近しいことをやっている
そして、食べることができている
ここには、相当ねじくれた、ねじれが存在している
本来、やりたいことではない
やらせてもらうようなポジションに、いるわけでもない
それなのに、なぜかやらせてもらっていて、ある程度、出来ている
これは一体、何が起きているのだろうか
人に勧められて、YouTubeもやってみたが、チャンネル登録は30人で、ピタっと止まった
ちなみにnoteは40人
宣伝というものを、一切、やってないし、売れようとか、楽しませようとか、そういうことを、一切、考えていないので、まぁ、それは、当たり前の結果なのであるが
ふと、冷静になると、自分は一体なにをやってるのか、本当に、心底、不思議な気持ちになる
全ては偶然のなせるわざなのだ
ジタバタしてたらこうなった、だけなのだ
本当に、ただ、それだけ、なのだ…
2023/7/4
ジタバタと、生活方程式を解こう、解こうとし続けていたら、こうなった
やっぱり、本が少しだけ売れてくれたのは大きかった気がする
時間的な猶予を与えてくれたし、あれがなければ、多くの機会は生まれなかったことだろう
一方で、出ていなかったらなかったで、違う縁があり、違う機会もあったのだろう
人生は、比較対照実験できないのだけれども
たとえば知り合いがcotenなんちゃらの、浅はかな、チャラチャラした、くだらない動画をFacebookで褒めそやしているのを見て、馬鹿じゃねえかこいつと思って、絡んだりする
落合なんたらが、空海がどうたらこうたらのたまっている広告を見かけて、なんとも嫌な気分になったりする
まぁ、こういうのは、僻みとか、嫉妬みたいなものなんだろう
実にくだらない、自分自身が、心底くだらない
でも、もうかたやで、本当に、不思議でしかたないのだ
どうして、こんなにくだらない、嘘っぱちが、まことしやかに垂れ流されるのだろう、と
ここ最近、結構、いろんな人を信じて、己が信じることを、しこたま、表現してみたのだったが、ちょっとこう、暖簾に腕押しの感覚というか、なんだかこう、欲求不満、鬱屈感が出てしまっているのかもしれない
おとなしく、ただ、目の前の暮らしを、生きていけば良いものを…
でもさ、でも、と、いいたくなる
身を切るようにして、振り絞るようにして、表現を、しているのだ
それに対する反応が、あまりに素っ気なかったら、哀しいものだ
最も度し難いのは、自分自身なのかもしれない…
社会や他人から、認められたいとか、そういうことは、もはや、一切合切、どうでもいいはずである
社会や他人のために、何ができるのか。それだけが、問題であるはずなのだ
その軸がブレている、ということは…ちょっと、疲れているのだろう
ここ最近で、色々やってみて、本当に、こう、非常に豊穣な、これこそが真実である、真理であると思えるような、そんな感覚が生じたのだった
それを表現して、誰かに伝えるのが、世直しなんだと、つい、そんなふうに考えてしまうのだけれども、きっと、そういうことじゃないんだろうなぁ
己の時間を生きよう
手始めに、スマホを、手放そう
「料理の四面体」のように、果てしなく知的で、愉快なものが、書けたらなぁ…
コテンだの、落合だのと、そのフォロワーについての違和感の正体が、ふと、わかった
あやつらは、歴史や古典や先端技術をネタにすれば、手っ取り早く賢くなる、と、そういうメッセージを発している
そういう発想自体が、歴史を冒涜している
歴史に学ぶのは、人間が、すなわち己らが、愚かであることを思い知るためである
難しいとはわかりながらも、多少なりともマシな人間になろうとするためである
2023/7/5
件の知人に、コテンのなにがいいのか聞いてみたら、びっくりするほどあっけない答えが返ってきたのだった
商売とは、ナイーヴな人間を客にするのが鉄則なのかもしれないな…
つまり、たとえばこういう
「売れる」サービスの提供手順
昨夜はなんだかもだもだしていたけれど、色々しゃべったりなんだりして、少し落ち着いた
今日は(おおむね)一日ぼんやりしていたし、それが良かったのかもしれない
ぼんやり、ぐうたらするのは大事
特に、忙しいときには
あらためて、思うのは
なにかお勉強して、賢くなった、エラくなったと思うのは、人間として、まだまだだね、という
いまより優れた人間になりたい、とか、人に先んじたい、とか、そういうのも、まったく、話にならないね
もっともっと、気持ち良いこと、楽しいこと、面白いことを、やっていこう
2023/7/13
色々と吹っ切れてからは、日常が気持ち良かった
我執に取り込まれると苦しくなる
わかっちゃいても、ふと油断すると、取り込まれるから、厄介なのだろう
永井さんが俳句を作ってくれたのは良かった
そのうち句会でもやれるだろうか
そして、映像についての見識には、いつも感心する
良い仕事をする人が、世に出る世の中であって欲しい
今日は、いまやっている仕事の中間報告だった
変に忖度せずに、どストレートをぶつけた
委員の皆さんに好感していただけたのは良かった
意外でもあったけど
なんだ、みんな、まともじゃないかと、拍子抜けした
しかしそこから導かれる結論には、多少、暗澹たる気分になる
まぁ、明日次第だけど…
2023/7/18
某案件の打ち合わせを終えて
なんだか、脱力感
色々と、反省事項はあるわけだが…
やっぱり、先に立つのは、脱力感かなぁ
なんじゃそれ、という後出しジャンケン
ほんとに、なんじゃそれ
己の内面を振り返ってみる
ある種の社会的な正義感で、仕事をしているところがある
仕事を通して、より良い社会を作ることに貢献したい
それは、真っ当なものだと、思っている
その正しさに、自分が気持ち良くなろうという、私心があったのだろうか
あるいは、安全地帯から、ヤジを飛ばしているだけ、に、なってはいやしなかったか
うーん、どうなんだろう
進めた手順を振り返ってみる
最初から、求めるものの様式や分量を、確認してから始めれば良かったのかもしれない
いや、しかし、どうだろうか
始めたときは、全くの未知数で、なにもかにもが不確定だったのだ
まぁ、相手も相手で、こちらの自由さを、良いなと思っていたところもあったのだろう
違和感もありつつ、でも、あったのだろうけれども
もう少し、考えてみる
どこか、楽しようとはしていなかったか
自分はエラい人間なんだというような、驕りはなかったか
自分に都合の良い論理で、自己正当化を図っていなかったか
自問自答してみて
やはり、重大な問題があったとは、思えない
ということは、やはり、過ぎたことを考えるより、次どうするかを、考えるべきなのだろう
幸い、作業方針は明確なのだから
手を、動かしていく
それにしても
どうして、こんなにも、人は、考えないものなんだろうか
この件に限らずだけど
何かが流行したと聞いたら、飛びつき、消費し、捨て台詞とともに、遺棄していく
なにか都合の良いもの、楽して儲かることだけを探している
その結果として、何も儲からず、閉塞感だとか、被害者ぶった消費者万能主義を振りかざす
そういうことが、おかしいと思って、どうにかしたいと思って、藻搔いているわけだけど…
まぁ、あんまり、思い詰めても仕方のないことではある
それにしても、本当に
この、浮かない気持ちは、一体、なんなんだろう
気持ちが晴れたら、淡々と手を動かせそうな気はするんだけど
自分に一番、ガッカリしてるのかもしれない
まぁ、ゼロから、やり直しである
未練は、スッパリ、捨てて、やり直し
それだけである
いま、切るべきは、己への未練、なのかもしれない
2023/7/30
(自分が)書きたいものと、(人が)読みたいものは、違う
違うけど、ときどき、偶然一致していたりする
偶然の一致が、社会的なパターンと共振したら、ビジネスになる
人が読みたいもの、見たいもの、聞きたいことを模倣する方が、ビジネスの効率が良い
そこにこそ、腹が、立っているわけだが、さりとて己の書きたいものを読め、というのも随分と大人気ない話である
2023/7/31
あるお客さんに提供している研修プログラムがあるのだけれども、なんというか、非常に噛み合わせが良い
打てば響く、という言葉がぴったりくる展開で、なんとも清々しい
で、思ったのだけれども、それが何故なのかといえば、こちらのコンテンツがどうこう、ということではなか、あくまで、ちゃんと考えておられるからではないか、という
考えてみたら、これまでの仕事を全部振り返っても、そうだ
考えるべきことを考えていない顧客は、なにをやっても不平不満しかでてこない
ちゃんと考えている顧客は、こちらのパフォーマンスが足りない時は厳しいが、ちゃんとやればやっただけ、非常に大事に遇してくださったのだった
つまり
良い顧客に恵まれるか、そうでないかで、人生、全く変わる、という
そのために、己を磨かなければならない