意思の完全性
意思表示論
意思表示論によると、意思が形成されて表示されるまでは 3 段階に分かれる
① 動機
「明日みんなでリンゴジャムを作ろう」「リンゴが安い」
「1 個 98 円のリンゴを 10 個買おう」
③ 表示意思:効果意思を外部に表示する意思
「1 個 98 円のリンゴを 10 個ください」
効果意思が表示意思によって外部に表示されると(表示行為)、契約の場合には、当該表示意思が申込みとなり、相手方が承諾すれば契約が成立し、契約に基づく権利義務が生じる 意思表示論では動機が何であるかは問題でなく、重要なのは効果意思
契約の成立条件の一つである意思の完全性は、元々効果意思との関係で議論されてきた
例えば、冗談(心裡留保〔民法 93 条〕)の場合、表示行為に対応する効果意思(真意)が存在しないので、意思の不存在(意思の欠缺)とされて契約は無効とされ得る これに対し、騙された(詐欺〔民法 96 条〕)あるいは脅された(強迫〔同条〕)場合、効果意思はあるといえるが、その形成過程に問題があるので、意思表示の瑕疵とされて契約は取消し可能とされる
心裡留保
心裡留保:嘘・冗談による意思表示
この場合、意思表示した人が自分の真意ではないことを認識して(表示意思に対応する効果意思がないことを知りながら)表示しているので、効果意思が存在しない「意思の不存在」
なぜなら、嘘・冗談で意思表示した者を保護する理由はない
もっとも、当該意思表示が無効となるのは、相手も意思表示者が嘘・冗談で言っていることが分かっていた、あるいは、知ることができた場合に限られる(民法 93 条)
虚偽表示
虚偽表示:相手方と示し合わせて真実でない意思表示を行うこと
この場合、互いに意思表示が真意に基づくものでないことが分かっているので、意思表示は無効(民法94 条 1 項)
e.g. 借金を抱えている人が財産の差押えから逃れるために名義人を別の人に変更
名義人となった人が、通謀した相手方以外の第三者にその財産を売却してしまったら、第三者のもとに所有権は移るのか?
当事者間では意思表示が無効でも、それを善意の第三者に主張することはできない(民法 94 条 2 項)
ここでいう「善意」とは、虚偽表示であることを「知らない」ことを意味する(知っている場合「悪意」)
錯誤
錯誤:表示した内容と効果意思がずれていることを当事者が認識していないこと
この場合、表示した内容に対応する真意が欠けているから、「意思の不存在」
しかし、勘違いの責任が表示者にある以上、あらゆる勘違いについて意思表示を無効とし、常に表示者を保護するのは不適切
2017 改正民法では、錯誤に基づく意思表示を無効にする条件として、法律行為の要素に錯誤があったこと、表示者に重大な過失がなかったことを要求 法律行為の要素の錯誤:法律行為の本質的部分
e.g. 売買契約(民法 555 条)の「どの物をいくらで買う」
1 個 98 円のリンゴ 10 個を買おうと思っていたが、100 個と言い間違ってしまった場合、表示の錯誤に該当し、法律行為の要素の錯誤に含まれる
ジャムを作ろうと思ってリンゴを買ったら、先週作ったジャムの残りがまだ家にあった場合、動機の錯誤に該当し、法律行為の要素の錯誤に含まれない
ただし、動機を相手方に表示していれば、法律行為の要素となるのが判例の理解
一般に、動機は相手方には表示されないので、動機が間違っていたからといって売買を無効にされたのでは、相手方の信頼が保護されない
しかし、動機も表示されていれば相手方も買う理由が分かっているので、要素の錯誤に当たり得る
詐欺・脅迫
詐欺:相手方を欺罔して錯誤に陥らせる行為
強迫:相手方に恐れを生じさせて意思表示をさせること
刑法の「脅迫」(222 条)とは漢字が異なる
いずれも、表示に対応する効果意思はあるが、その効果意思が形成される過程に問題があるので、「意思表示の瑕疵」
効果意思が一応は存在することに注目して、「取り消すことができる」(民法 95 条・96 条)
ただし、詐欺による意思表示の取消しは第三者に対抗することができない(民法 96 条)
ここでいう「対抗」とは第三者に対して詐欺による意思表示の取消しを「主張することができない」ことを意味する