背筋を伸ばすような感情を動機づけに使えないか
from @takker before 2022/12
/takker/脱線にうすうす気づいても止められな#61dbcc121280f0000027a648
背筋を伸ばすような感情を抱くことは、状況を変える行動を起こすための動機づけにはなるのではと思ったyosider.icon
十分条件ではない(必然ではない)し、必要条件でもない?が
確率は高まりそう
そうかもと思ったけど微妙かもtakker.icon
繰り返し回数による違い
まだ初回なら、動機づけに十分使えると思う
何回も何回も繰り返し同じ失敗体験をしてしまっているときは、むしろどうにもならないと諦めの境地に至ってしまうかも
改善への行動ではなく悪循環をさらに強化する要素と化している?
失敗に対する感情自体が問題の一部と化している
問題と偽解決の悪循環みたいな
失敗を繰り返すうちに、失敗に対して感じる感情が、状況を変えようという感情から無力感へ変化する?yosider.icon
学習性無力感的な
んー、でもやっぱりそういう感情をもたないよりかは幾分ましどの点で? なのかなあ
そもそも背筋を伸ばすような感情を感じないというのは別の話かなと思うyosider.icon
それが必ずしも悪いこととは限らないとも思う
脱線元より脱線先のほうがtakker.iconさんにとって価値のあることなのかもしれないし
それはそうだけど長期的に見て土木工学に必要な学習を優先するべきだろうしtakker.icon
いや「べき」って誰が決めたんだ
+1nishio.icon
価値のあることって何だろう
自分にとっての価値があることなにもわからない()
同意yosider.icon
takkerが土木工学を学ぶ動機に書いてあるかも?
具体的に何か目標があればそれに必要なことを優先すればいいので分かりやすいけど、takkerが土木工学を学ぶ動機を見る限りだと分野が広いことが理由になっていて、だから難しいのだと思うyosider.icon
いずれ切り出されるかも知れない場所に行リンク置くの気が引けるyosider.icon
文脈補足:[土木工学を学ぶ動機]が当時[@takker]への行リンクだった