籠の鳥
1924年の無声映画
小唄映画という試みを流行らせた大ヒット作
劇中でお光(歌川八重子)が小唄「籠の鳥」を歌う“小唄映画”として記録的大ヒットとなった作品で、後篇もつくられた。
第17回 無声期日本映画のスチル写真(7)─帝国キネマ② – 国立映画アーカイブ
関連するレコードも盛んに作られ大ヒット
「籠の鳥」のレコード(大正13年に発売されたもの)は、その一部を紹介すると、
寺井金春(7月新譜 書生節、ニットー)
横尾晩秋(7月新譜 書生節、東亜)
瀧静調(9月新譜 流行唄、アサヒ)
鳥取春陽(9月新譜 新小唄、帝國蓄音器)
南地力松(10月新譜 小唄、ニットー)
平辰席金八(10月新譜 流行小唄、帝國蓄音器)
そして面白いのは、これらのレコードの発売が、大正13年の封切前の7月から10月までの間であり、必ずしも映画がヒットしたからレコードが作られたというわけではない、
レコード化によって、活動写真の人気も後押しされた、つまり意図したものではないけれど、結果的にメディア・ミックスが出来上がっていた、ということになる
大正時代のメディア・ミックス - 蒲田モダン研究会HP
これらの詳しい経緯は下記の本に書いてあるらしい
(記事作成者のhoagecko.iconは未読)
第4章 「籠の鳥」の流行と小唄映画の大ブーム
1 「籠の鳥」の誕生過程
2 演歌師とレコードの発売
3 帝キネの『籠の鳥』に観客が熱狂
4 日活の『新籠の鳥』も大盛況
5 松竹の『小唄集』は若者に人気
6 『籠の鳥続編』と小唄映画ブームの発展
7 『籠の鳥』劇もブームに
8 小唄映画における歌手と観客
第5章 流行小唄禁止令と合唱する観客への恐れ
1 流行小唄禁止令とその背景
2 流行小唄の小学生への広がり
3 「籠の鳥」禁止令の全国化
4 小唄映画の歌の禁止とその反響
5 映画検閲と合唱する観客への恐れ
第6章 メーデー歌を合唱する大衆の誕生
1 革命歌を歌う人々
2 メーデー歌は警察の公認歌へ
3 政治的武器としての合唱の発見
4 歌う大衆の誕生と合唱統制
終 章 その後の展開
1 「森繁節」から「昭和枯れすゝき」へ
2 「籠の鳥」の著作権をめぐって
歌う大衆と関東大震災 「船頭小唄」「籠の鳥」はなぜ流行したのか | 青弓社
#TIL
2026-07-01