知覚されないものは存在するのか?
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知覚されないものは存在するのか?
高性能なセンサを使っても知覚できないなら存在しない派wogikaze.icon
私もだいたい同じ考え suto3.icon
物質と少しでも相互作用するなら存在する派yosider.icon
しないなら検証不可能なのでどちらでもいい
「高性能なセンサ」を拡大解釈すれば同じか
ここでいう存在ってのは何ぞ?Summer498.icon
「知覚」という言葉の多義性について失念していた。残念
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知覚できるものですら存在が疑わしいのに知覚できないものの存在なんて……。
物理で取り扱ってる概念が、測定可能だが存在するかと言われると微妙
これがよく知られた例
そもそも存在ってのはなんぞ?
どこまで行っても認識してるというだけな感じがある
「存在」そのものが形而上学の概念に追いやってしまってもよいのではないかと思ったりする (存在する, しない)$ \times(認識できる, できない) の 4 つの組み合わせがある
存在していて認識できるものが身の回りにいっぱいあって
存在しているけど認識できないもの
存在していないけど認識できるもの
存在していないし認識もできないもの
存在しているけど認識できないと考えられているが、実際には存在していないもの
一部の人にだけ認識できて、認識できる人の間で合意が取れるものが「存在している」に入るのなら、音楽理論の諸概念は認識できない人にとっては「存在しているけど認識できないもの」 幽霊の存在を仮定した時に幽霊を認識できない人にとっての幽霊は「存在しているけど認識できないもの」
なので音楽理論の諸概念は幽霊と似ている
指導教官がよく「絶対音感とかそういう感じの音楽の概念がわかる(聴こえる)っていうのは幽霊が見えるって言ってるようなもんだよ」って言ってる。 聴こえる人同士で合意が取れる+測定と計算である程度求められるので幽霊よりはよほど存在してると言えるけど
これ系は身近にたくさんあるなぁ基素.icon
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精神を知覚したことがあるか
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すると信じてる
人間の知覚ごときで存在を規定するのはおこがましかろう
世界はもっと多様で深い、人間なぞ塵芥にすぎぬ、塵芥ごときが存在を規定できるはずもあるまい
なんだっけ、哲学か何かでもこの手の議論があったはず、元から存在しててそれを観測するのだ派と観測したものだけが存在したとみなせるのだ派
どちらも哲学的整合は取れると思う
ならばどちらを支持するかであろう