卑下したら神に対して失礼
とはいえ、卑下と神への礼との板挟みになって苦しむ人もいそう
予防線を張る行為ではあるわね。相手に期待させないことによって自分が「損」をせず有利になるように進めたいというものwho.icon この場合は防衛機制の文脈に回収するよりも、アドラーの目的論的解釈のせんで考察するほうが有用な知見が得られると思うwho.icon 「そういう心の働きがある」というだけではあまり意味がない
目的論的解釈初耳。今度調べようtakker.icon
これになってしまったら大変そうだcaki.icon
おもしろ!caki.icon
自分の自己評価を決定する部分に宗教観が絡んでるなんて思ったこともなかったけど、たしかにこの海外選手のベース部分のアイデアはよくわかるものだ
というか、逆にそうじゃない人がいるのか、と思った
日本文化とのハイブリッドなので他人の気持ちや空気も尊重する必要があるという部分もとても理解できる
面白い、神を意識してる人はフィクション以外で出会ったことがなかったが、本当にいるのだなぁとsta.icon
無論sta.iconの生活圏が狭い(無神者?しかいない圏から出れてない)だけだが
意外と多い気がする、センシティブになりうる話なのでみんな話さないだけかもcaki.icon
面白い。日本人的発想の卑下は分かる。神を意識した文化というのも想像が出来るようになった。では、日本以外で神を意識しない文化はどっち寄りになるのだろうか、日本のように卑下な発想なのか、卑下が強く現れるのは日本だけなのかと気になるHiro Aki.icon