「今を生きよう」のパラドックス
「今を生きよう」のパラドックスってあるよなぁと思うmeganii.icon
「今を生きよう」というとき、自分から「今」を切り離しているので「今を生きていない」
ここがどういう意味なのかわからなかった基素.icon
https://gyazo.com/dc8e30616fe6d3f6e697e20f03369f61
こういう理解meganii.icon
前段と繋がっていて、未来のために今行動しようとしている状況なのかな基素.icon
前後際断 常に「今」を感じ続けることが大事なのかな 全身の感覚に集中する時、今を生きてる感じするSummer498.icon
考えるな、感じろのことであろうsta.icon
考えている時点で負け。今を生きていない。
今を生きる唯一の方法は考えずにただ感じて動いている生きていることである。
そういう意味で、考えたがりは今を生きていないのである。
面白い話nishio.icon
弓の話は徒然草だった気がするcFQ2f7LRuLYP.icon 本当だ...(不勉強)Gorira Tatsu.icon
道を学する人、夕には朝あらむことを思ひ、朝には夕あらむことを思ひて、重ねてねんごろに修せむことを期す。いはむや、一刹那のうちにおいて、懈怠の心あることを知らむや。なんぞ、ただ今の一念において、ただちにすることのはなはだ難き。 無常感....Gorira Tatsu.icon
歳とりたくない(この話の本筋とはずれるが)
無理()nishio.icon