哲学
正解はわからないが前進していることは分かる力
ある種の壁を破るために必要な認知の解像度レベルがある
そのレベルを上げるための行為が哲学
転じて、その成果物のこと
哲学というほど堅くもフォーマルでもないtsuzumik.icon
自分が哲学者だ、というと変な感じがする
が、そうとしか言えないもの
学者って称号に忌避感があるのかも
もっと普遍的で、誰しもやっていることを、明確に名前をつけて扱うしていることだけがちょっと珍しい?
珍しくもないのか
会話や文章で表すのが、特定のグループにしか見られない行動な気がしてる
もうキモくてもいいや、これか
公開してるのが、以前の自分と比べて違う感じがするのかも
なぜ公開するのか
とてもパーソネルな娯楽だった。漠然と感じていたことが次々と言語化され、くっきりとした輪郭をもって認識され、意味を持ち始めた。それほリアルな哲学体験でもあった。
肩をすくめるアトラスの第三部訳者脇坂あゆみあとがきより
/tsuzumik-private/哲学とは何か(ゲンロン)
ぼくたちはそのようにしてしか...できない。