法と倫理のバランス
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2つの考え方がある。
1. 人間の本性は善ではないので、法律や市場やアーキテクチャの強制力で人々をコントロールせよ。
2. 社会を改善するには、法や市場やアーキテクチャだけでなく、規範の共有が欠かせない。私たちは正義のアイデアをより頑健にし、共有しなければならない。
日本の90年代〜ゼロ年代を経験した人たちは、上記の1.の考え方に親しんでいることと思う。
ところが、世界的には2.の傾向が主流となりつつある。Ethification(倫理化)という言葉があるぐらいだ。
例えばSDGsは面白い仕組みで、法による強制ではない。規範の指標化であり、結果の可視化。
規範を指標にして、その結果を可視化することにより、人々の評価に晒されるようにする。SDGsもESGもその流れ。AI倫理、SNS規制の議論もこちらの方向だ。
法制度とは異なる新しい種類の規範&自主規制の活用が始まっている。この規範のベースになるのは哲学・倫理学。中心にあるのは人権。
哲学者マルクス・ガブリエルは、「企業は哲学者を雇うようになる。会計士や税理士を雇うように」と述べた。法律家に契約書を作ってもらうように、哲学者に倫理規定を作ってもらうようになる。
「Facebookは10年後にはあまり注目されていないと思います」とも述べている。倫理的にダメすぎるので。
倫理の時代とZ世代
そして、最初のツイートで使った言葉「私たちは正義のアイデアをより頑健にし、共有しなければならない」。
これは経済学者・哲学者アマルティア・センの言葉です。「法律だけでは人権を守れない」とセンは言うのです。
追記:
哲学・倫理学(特に人権)と、技術(特にIT)を接続した記事を以前書きました。よろしければご覧ください。
自由と平等のブロックチェーン──倫理、人権と技術を接続する
自由と平等のブロックチェーン──倫理、人権と技術を接続する|星 暁雄(ITジャーナリスト)|note
@AkioHoshiAkioHoshi.icon October 17, 2021