羊をめぐる冒険
村上春樹
大学の物語論で先生が何度も進めていた作品。
羊はイデオロギーでメタファー。思想は宿主に取り憑き権力を与えるが、人間性・個を食い潰す。ガッツが闇に飲まれていくように(ベルセルク)。高度資本主義社会、功利主義に対するる、個人の抵抗。(私は拒絶する。BLEACH)。モラトリアムの完全なる終焉と社会人的社会(日本的社会人)を受け入れざる得ない孤独を表す。「俺は俺の弱さが好きなんだ。」、「誰にでも失いたくないもののひとつやふたつはあるんだ。君にもね」など沁みる言葉多数。赦しを感じた。
俺は俺の弱さが好きなんだ。苦しさや辛さも好きだ。夏の光や風の匂いやセミの声や、そんなものが好きなんだ。...そこには何ひとつ不自然な場所はない。君にはわかるかい?」
「『意志』とは何ですか?」と僕は訊ねてみた。「空間を統御し、時間を統御し、可能性を統御する観念だ」
職を失ってしまうと気持はすっきりした。僕は少しずつシンプルになりつつある。僕は街を失くし、十代を失くし、友だちを失くし、妻を失くし、あと三ヵ月ばかりで二十代を失くそうとしていた。六十になった時僕はいったいどうなっているんだろう、p254
名声もないし、社会的信用もないし、セックス・アピールもない。才能もないし、たいして若くもない。いつも何か下らないことを言って、あとで後悔してる。つまり、あなたの表現を借りれば凡庸な人間です。これ以上失うべき何があるんですか? あったら教えてほしいですね」...「誰にでも失いたくないもののひとつやふたつはあるんだ。君にもね」と男は言った。
組織はふたつの部分に分かれている。前に進むための部分と、前に進ませるための部分だ。..前に進む部分が『意志部分』で、前に進ませる部分が『収益部分』だ。人々が先生を問題にする時に取り上げるのはこの『収益部分』だけだ。そしてまた、先生の死後に人々が分割を求めて群がるのもこの『収益部分』だけだ。『意志部分』は誰も欲しがらない。誰にも理解できないからだ。
かといってまっすぐ家に帰る気にもなれなかった。なんとなく、家に帰る前にまともな人間が二本足でまともに歩いているまともな世界を見ておいた方が良いような気がした。p214
「しかし誰が作ろうと、神の意志というのは万物の中に入りこんでいるんです」p257...「じゃあたとえばサウジアラビアで作られた車にはアラーが入り込んでいるわけだねp257...「サウジアラビアでは車は生産されておりません」
「本当に?」と僕。
「本当です」
「じゃあアメリカで作られてサウジアラビアに輸出された車にはどんな神様が入っているのかしら?」とガール・フレンドが訊ねた。p258