真理の剰余説
真理の剰余説
1910年台初頭の頃のラッセルは「多重関係理論」と呼ばれる判断論を核とした哲学を構想していた(1)。しかしこの判断論は、当時自分の学生であったウィトゲンシュタインから批判されたことが大きな原因となり、ラッセル自身によって捨て去られることになった。 この事件のしばらく後に発表されたラムジーの論文「事実と命題」(Ramsey 1927)は、この判断の多重関係理論を復活させる試みであった。 多少具体的に述べると、ラッセルは判断とは主体、個物、普遍の間に成立する多重関係であるとしか言わなかったのだが、ラムジーはこの多重関係の内実を具体的に描き出そうと試みたのである。しかもその際に、多重関係理論を捨てた後のラッセルの『心の分析』(Russell 1921)に見られるプラグマティズムのアイディアを採用し、さらに、多重関係理論批判の上に成立したヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』(Wittgenstein 1922)の命題論をも取り入れるという、非常に複雑な構造になっている。 そして、さらにこの論文を決定的に難解にしているのは、多重関係理論ともプラグマティズムとも『論考』ともおそらく無縁な、むしろ矛盾するとさえ思われる、一つの真理論が提出されているという事実である。それは次の一文で与えられている。 「『シーザーが暗殺されたということは真である』はシーザーが暗殺されたということ以上のことを意味していないし、『シーザーが暗殺されたということは偽である』はシーザーが暗殺されなかったということを意味している」(Ramsey 1927: 38)。
フレーゲとラムゼイ 真理のデフレ理論
フレーゲは、現在の分析哲学の基礎を作った人物である。彼は、数学・論理学の基礎を生物学的・心理学的な過程に求めようとする心理主義、殊に意味・思想までも表象ととらえることに強く反対し、意味・思想という論理的なものと心理的なものを厳密に区別しようとした。彼によれば、語は記号である「意義」と記号によって表示される「意味」は区別されなければならず、伝統的に命題といわれてきた文は意義である。文は客観的な思想を含むが、文の真理値がその文の意味なのだとする。すると、ある文、例えば、命題Pは命題「命題Pは真である」と同値になる。したがって、真理の概念は定義不可能になる。彼は、このように、言語表現の内包(意味)が外延(指示対象)を決定すると考え、心理的なものから論理的なものの領域を守ったのであった。 フランク・ラムジーは、フレーゲの論を更に進めて真理は余分な概念であるとした。命題Pは命題「命題Pは真である」と同値になる。それゆえ真理は余分な概念であり、真理述語はいかなる性質も表現していない。対応説や整合説のように真理述語に存在論的・認識論的性質の表現を認める見解は真理のインフレ理論にあたり、これを認めない見解は真理のデフレ理論にあたる。真理述語は一定の推論的役割という下がり続ける貨幣価値しか有しない。しかし、それは命題が真になる条件を明らかにしてくれる。それは、『「Alice is alive.」が真であるのは、アリスが生きているときであり、かつ、そのときだけである。』との真理条件を満たすかどうか、によってテストすることができる。