イギリスの郵便馬車
イギリスの郵便馬車
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定価 9,240円 (本体価格8,400円)
駅伝馬車とナポレオン戦争の思い出がド・クインシーの内面に落とした光と影をめぐる壮麗な夢のフーガ『イギリスの郵便馬車』。ボルヘスやペイターの「想像の伝記」の先駆的作品『イマヌエル・カントの最期の日々』ほか8篇を収録。 目次
卜籤と占星術
薔薇十字主義者とフリーメイソンの淵源に関する史的批評的研究
秘密結社
イスカリオテのユダ
異教の神託
トマス・ド・クインシー著作集〈2〉 | ド・クインシー,トマス, De Quincey,Thomas, 健二, 中村, 南條 竹則, 雅, 宮川, 聡, 鈴木, 茂雄, 横山 |本 | 通販 | Amazon 馬は、心理的なスピードの象徴であるばかりではなく、現代のテクノロジーの分野に固有な問題を予告することによって、全文学史に刻印をしるしてもいるのです。交通や情報におけるスピードの時代は、イギリス文学でももっとも美しいエッセーの一つ、トマス・ド・クィンシーの「イギリスの郵便馬車」とともに始まります。この著者は1849年に、今日私たちが自動車と高速道路の世界について知っていることのすべてを、フル・スピードでの衝突とその死の危険をも含めて、はやくも理解していたのでした。 ド・クィンシーは全速力で走る郵便馬車の御者台での、深夜の旅を描いています、傍らの巨人のような御者はぐっすりと眠りこんでいます。技術の粋をつくして完成された乗り物と、生気のない盲目の物体と化した操縦者とが、旅人をただ機械の冷厳無情の正確さにゆだねているのです。阿片チンキのせいで感覚が鋭敏にとぎ澄まされているなかで、ド・クィンシーは、馬は時速十三マイルのスピードで街道の右側を〔間違った側を〕走っていると悟ります。このことは惨事の確実であることを意味していますが、ただしそれは堅牢で全速力の郵便馬車のほうではなく、この街道をたまたま反対方向からやって来る、最初の、不運な馬車にとってのことなのです! 果たせるかな、大聖堂の身廊を思わせる一直線の並木道の彼方に、若い男女を乗せた一台の華奢な製の二輪馬車が、時速一マイルの速さでやって来るのを、彼は目にします。「彼らと永遠との間は、あらゆる人知の計算をもってしても、一分半しかない」。ド・クィンシーは大声をあげて叫びます。「私がやったのはただの第一歩だ。次は若者の番。三歩めは神のものだ」。
このわずか数秒間の物語は、高速度の経験が人間生活の基礎ともなっている現代においてさえ、まだ乗り超えられてはいません。