シナリオ「唇のねじれた男」
以下の内容を元に編集を加え、PDF版にしたものがBoothで公開されています。
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最新バージョン ver.1.1 2018/9/11 改訂
フィードバックを元にクライマックスシーンへの情報の追加等。誤字脱字の修正など。
このシナリオは『蒸気爆発野郎!』のために、シャーロック・ホームズの「唇のねじれた男」を翻案することで、1on1プレイ用に実験的にシナリオ化してみたものです。単発シナリオですが、ここからキャンペーンシナリオに展開できるようにフックもいくつか入れてありますが、活用してもしなくても結構です。
基本的な流れは原作通りですが、TRPGのシナリオとして扱い易いようにアレンジを加えてあります。また、地名や人名などもアレンジしています。これらは全てセッションをスムーズに進行させるための改変であり、原作を毀損する意図はありません。
基本情報
参加人数
1人から2人(基本的にプレイヤー一人用だが、協力者をもう一人立てても問題ない)
プレイの前提条件
このシナリオをプレイする前に、以下の条件を満たすようにして下さい。
ゲーム参加者全員に求められる前提知識
コナン・ドイル「シャーロック・ホームズの冒険」から「唇のねじれた男」を読んでおいて下さい。ちゃんと最後のオチまで読んで構いません。プレイヤーのキャラクターはシャーロック・ホームズその人ではないので、別の解決策を考える必要があることに注意して下さい。ホームズは最終的にはシャグタバコを吸い続けることで直感を得て事件を解決しましたが、このシナリオではその解決方法は禁じ手とします。 『蒸気!』のセッションに関する基本的な注意事項
このセッションの時代は改編ビクトリア朝である『蒸気!』世界の1890年代を対象としていますが、このセッションの内容は、その時代を生き延びたキャラクターたちによる後年の回想録です。したがってこのセッションに参加したキャラクターはその時代まで全員生き延びていることになります。キャラクターはこのシナリオに参加することで、一時的に行動不能になることはあっても命を失うことはありません。
シナリオの対象となるキャラクタータイプ
キャラクタータイプ:探偵(または警官に深く関係を持ち、警察署内の独房にまでたどり着ける人物であれば他のキャラクタータイプでも良いものとします)。 シナリオのプロローグ
探偵のPCのもとに、ケント州のセントクレア夫人という女性から、今週の月曜日以来、三日もの間行方不明の夫を探して欲しいという依頼が入ります。
探偵であるPCは、木曜日にセントクレア夫人のもとに出かけ、まずは状況を確認する必要があります。目的地は倫敦から南東におよそ十数キロメートル離れた土地です。シティからなら馬車で一時間半もあれば着くでしょう。列車を使用したのであれば、待ち時間も含めて三十分から一時間で到着できます。
つまりどの移動手段を用いても、1ターン以内にセントクレア夫人の元に到着することができます。もし必要とあれば以下の内容を事前に調べることができます。これらの情報はシティ関係の情報屋を利用すれば1ターン以内に入手できる内容ですし、セントクレア氏の住む付近で聞き取り調査をすればすぐに判明する情報です。
セントクレア夫人に会う前に調べられること
ネビル・セントクレア氏は、金回りの良い中流階級の人物である。
男性で三七歳。リーの一角に大きな邸宅(杉屋敷という別名を持つよく整備された邸宅である)を持ち、彼と妻、二人の子供とともに住んでいる。
節度ある生活態度で良き夫、愛情に溢れた父親であり、彼を知る人からはみんないい人物だと評判である。
セントクレア夫人から得られる各種情報
セントクレア夫人からは、ネビル・セントクレア氏の生活習慣と容姿、失踪時に目撃したことなどの情報を得ることができます。それぞれの情報は以下にまとめておきます。
セント・クレア夫人から得られるネビル・セントクレア氏の生活習慣に関する情報
会社勤めではないが、個人事業主としていくつかの会社と取引があり、朝になるとシティに出かけるのを日課としている。また毎日同じ時間の列車でキャノンストリート駅(シティ)から帰って来る。
家を出る時間はまちまちだが、特に理由がなければ判で押したように同じ時間に帰宅する。
朝食と夕飯は必ず家で摂る。
全身写真による容姿によれば、セントクレア氏は以下のような特徴を持つ
痩せ型で身長は中背
ヒゲは綺麗にあたっている
前日に小指を怪我をしている。
失踪当日のネビル・セントクレア氏と夫人の行動
ネビル・セントクレア氏はその日は普段より早めにシティに出かけた。大事な仕事が二つあり、帰りには子供に積み木を一箱買って帰ると言い残している。
氏が出発した直後、夫人はずっと到着を待っていた大変高価な荷物が、倫敦のシティにある船会社の事務所に到着したので取りに来るようにという電報を受け取った(船会社の事務所はシティのテムズ川沿いに位置している。具体的にはテムズ川沿いのスワンダム・レーンを通り抜けた先の通りにある)。
セントクレア夫人は午後からシティに出発し、買物をしてから会社の事務所まで行き、念願の荷物を受け取った。
夕方にセントクレア夫人は駅に戻る途中で、スワンダム・レーンを通過した。
セントクレア夫人は物騒な感じの通りに入ったので、辻馬車(タクシー)がいないか周囲を見回しながらゆっくりと歩いていた。
セントクレア氏の失踪状況(夫人の証言による)
スワンダム・レーンで叫び声が聞こえたので、声のした建物の方を見ると、夫が建物の三階の窓から自分を見下ろしているのを目撃した。部屋の窓は開いていて、顔ははっきり見えたが、恐ろしいほど動揺していた。夫は両手を狂ったように振った直後に窓から姿を消した。あまりにも突然だったので、後ろからものすごい力で引っ張られたように見えた。ただ、なぜかシティに出かけた時の暗い色の上着を着ていたにもかかわらず、カラーもネクタイもしていなかった。
夫の身に大変な事が起きたと、夫人は建物の入り口の階段に向かって走ったが、家主と見られるインド人の男性に乱暴に押しやられ、結局通りに追い出されてしまった。
夫人は周囲に助けを求めた結果、船会社の事務所のある通りで、大勢の巡査と一人の警部に出会った。リバーブロンズと名乗る警部と巡査二人が彼女と一緒に戻り、家主のしつこい抵抗にも拘らず、建物に入ることができた。
夫の姿が見えた建物はアヘン窟だった。警官の言うことにはここは「金の棒」という名称で、過去に何度もトラブルを起こしているとのことだった。
警官たちと共に夫が目撃された部屋に入ったが、彼はそこにおらず、代わりに足が不自由で顔に傷を持った汚らしい男がいた。男はヒュー・ブーンと名乗った。この男はどうやらここを根城にしているようだった。
この男と家主は、その日の午後にこの部屋には他に誰もいなかったと言い張った。
その部屋(男の居室)のテーブルには紙袋に入った小さな箱が置かれていた。それは新品の子供用の積み木だった。
夫人は気を失って警察の馬車で帰宅した。
現時点でのセントクレア夫人からの依頼内容のまとめ
セントクレア夫人は以下のようにPCに依頼します。
「警察からは、はかばかしい知らせがありません。むしろ夫の命は諦めた方が良いと匂わせてきます。けれど、自分は夫が生きているはずだと直感しています。警察は全く頼りになりません。そもそも夫は誓ってアヘンなどに手を出す人間ではありません。そんな彼が、何故アヘン窟なんかにいたのでしょう。これにも警察は全く答えてくれません。
そこで探偵であるあなたに調査を依頼します。行方不明の夫の行方を探し、無事であれば保護して欲しいのです。また、万が一無事でなかったとしても、どのような経緯によってそのような状態に陥ったかを明らかにして欲しいのです。もう三日も経ってしまっていますから、できれば明日の夜までに状況を教えてください」
「一日1ギニーの経費とともに、成功報酬は50ギニーをお支払い致します」
シナリオの追及部:第一日目
制限時間は丸一日といったところです。少なくとも木曜の夕方から8ターン以内にめぼしい情報を揃え、金曜日中にはセントクレア夫人のもとに中間報告を行ってください。そのうち連続した2ターンを休息に充ててください。この休息は夫人に報告した後に取ることもできます。その場合、夫人は屋敷に休息のための部屋を用意してくれます。
夫人から依頼を引き受けたPCは、以下のことを行うことでしょう。
シティ警察に出向いてリバーブロンズ警部と面会することで、逮捕時の状況を確認することができます。他にも彼の仮説を聞くこともできます。→警察による情報と見解
情報屋に依頼をすることで、乞食ギルドの側からヒュー・ブーンの情報を洗うことができます(乞食ギルドにはこの方法でしかアクセスできません)。→情報屋から購入できる情報
警察による情報と見解
以下の情報は、シティ警察(ボウストリート)で担当していた二人の警官か、リバーブロンズ警部から直接入手することができる情報です。探偵は捜査に協力することが前提ですが、これらの情報は内密にするように言われます(警察はさらなる犯罪の協力者がいることを恐れています)。
アヘン窟の関係者について
警察によると、家主のインド人水夫はたちの悪い前科者として知られているし、たびたび警察とトラブルを起こしている。だがセントクレア夫人の話によると、ネビル・セントクレア氏が窓に現れてから数秒後にはインド人は階段の下にいたため、直接手を下しているとは考えにくい。このインド人が何かしたとしても、せいぜい共犯者だろう。
彼は、何を言おうとも、とにかく全く何も知らないと言い張っている。さらに下宿人ヒュー・ブーンが何をしていたか全然知らないとも言い張っている。しかし、何かを隠しているような態度を見え隠れした。
失踪したセントクレア氏の服が見つかったことに関しては、彼は何も説明できなかった。
彼は特に証拠も無いため解放された。おそらく現在もアヘン窟にいるはずである。インド人水夫を現在警察は交代で見張っている。
インド人によれば、三階の部屋の借り手はブーンという男で、職業的な乞食である。何年も契約をしており、その間家賃の支払いは滞っていない。
ヒュー・ブーンの部屋が入念に調査された結果
通りに面した部屋は簡単な家具があるだけで、そこは居間として使われており、小さな寝室へとつながっている。
隠し部屋や隠し扉などの仕掛けは見つからなかった。部屋へは階段か、窓からしか出入りはできない。
寝室の窓は波止場の裏に面している。
波止場と寝室の窓の間に細長い地面があり、それは引き潮のときは水面に出るが、満ち潮のときは少なくとも水深4.5フィート(1.4メートル弱。小学生三年生の背丈ほど)まで沈む。そして惨劇が起きたと考えられる時刻はちょうど最満潮だったので水面がすぐ窓の下まで来ていた。
寝室の窓は広く、下から持ち上げて開ける形式のもの。
窓枠には少量の血が付着していた。寝室の木の床の上に、飛び散った血の跡が何箇所か確認できた。誰のものかはわからないが、状況からするとセントクレア氏のものだろう。
通りに面した部屋のカーテンの後ろには、セントクレア氏の服が上着を除いて一式(靴、靴下、帽子、懐中時計と全て揃っていた。この服には千切られたり汚れたりといった暴力の跡は無かった)丸められて突っ込んであった。
「窓枠の不吉な血痕を見ると、彼が泳いで生き延びたとは思えなかった」というのは警官の証言
手書きだが、部屋の見取り図を得ることもできる。
ブーンの逮捕時の状況と現状について
警部はブーンをすぐに身柄を拘束しないというミスを犯し、何分間か家主のインド水夫とブーンが話をする時間を与えてしまった。しかし、すぐその失敗に気づいてブーンを拘束した。その後ブーンは警察の保護下にある。
ブーンを重要参考人として取調べを行っているが、現時点ではブーンを有罪に出来る証拠は何も発見できていない。
ブーンの着用しているシャツの右袖には血痕があった。しかし彼は釘で切った右指を示して、血はそこから出たと説明した。そして彼はちょっと前に窓にいたので、窓枠で見つかった血の跡は間違いなくこの血だと証言した。(血液型の調査などはこの時点では行われていない)
ブーンはネビル・セントクレア氏を見たことをきっぱりと否定し、自分の部屋に服があったのは、警察と同様彼にとっても謎だと言い張った。
確かに夫を窓で見たというセントクレア夫人の申し立てに対しては、夫人がおかしくなっていたか夢を見ていたのではないかと主張した。
ブーンは大声で抗議したが、重要参考人として逮捕され、二人の警官に警察署に連行された。その間はおとなしくしていたし、全くの無言だった。
リバーブロンズ警部はテムズ川が引き潮になると、水底から新しい手がかりが得られるのではないかと期待して家に残った。潮が引いて現れたのは、ネビル・セントクレアの死体ではなく、彼の上着だった。上着のすべてのポケットには大量の1ペニーと半ペニー硬貨が詰められていた。それによって上着は潮に流されなかった。
リバーブロンズ警部による仮説と見解
ブーンがネビル・セントクレアを寝室の窓からテムズ川に投げ落とした。彼にとっては幸いなことに、誰もそれをそれを目撃しなかった。
ブーンは続いてすぐに証拠の服を始末しなければならないと考えた。彼は上着を掴んでそれを外に投げ捨てようとした。その時、それが水の底に沈まずに、川面を漂うのではないかと感が考えたのだろう。
ただその時騒ぎが起きた。セントクレア夫人と我々警察が部屋に上がろうとして、階下で揉み合う声が聞こえたに違いない。
ブーンには猶予はなかった。もしかすると家主であるインド人水夫から、警官が道を走ってくると聞いていたかもしれない。
ブーンは急いで貯め込んでいた乞食の成果を上着が間違いなく沈むようにと、ポケットの中に詰め込める限り詰め込んだ(そしてブーンは現在、所持金をまるで持っていない。馬鹿げたことをしたものだ!)。
ブーンはそれを寝室の窓から外に投げ捨てた。もし階段を駆け上がってくる足音を聞いていなかったら、他の衣類も同じようにしたはずだ。しかし警官が現れるまでには、ぎりぎり窓を閉じるくらいしか時間がなかったのだろう。
しかし先に投げ込んだ遺体はまた別の問題だ。波止場と家の間には激しい渦がある。河に吸い込まれてセントクレア氏の遺体はテムズ川を流れ去ってしまったに違いない(それについては、現在港湾局が捜査に当たってくれている)。
あの凶悪犯はこれから尋問中なので、面会は土曜日の午前中なら予定を入れられる。
夫人は警察に対して「夫が身につけていたものの中には指輪があったはず」と言っているが、現状ブーンの部屋からも所持品からも指輪は見つからなかった。
港湾局からの情報
リバーブロンズ警部の発言を受けて港湾局に赴き、テムズ川の様子を調べた場合には、港湾局から回答を得られる。ここ一週間以上、テムズ川を死体が流れた形跡はないし、現時点では遺体が流れていってしまったとしても、それを発見できるかどうかは神のみぞ知る状態であるとのこと。
実地調査の結果
シティをくまなく聞き回ったり、さまざまな観察を行うことで、さまざまな情報を入手することができます。プレイヤーはできる限り「どのあたりに目星をつけて調査するか」を伝えた方が良いでしょう。
アヘン窟『金の棒』についての周辺情報
このアヘン窟は体格の良いインド人水夫によって経営されている。
要インド人水夫のキャラクターデータの作成
店では茶封筒にアヘン樹脂の塊が入って販売されている。客はこれを購入して火をつけて煙を吸う。
噂のレベルではあるが、このアヘン窟では何人も殺され、身ぐるみを剥がされているという。時間帯が早かったからか、単なる偶然か,セントクレア氏失踪事件の時刻には客は一人もいなかった。
アヘン窟の描写
アヘンに酔った男たちに絶え間なく踏まれて真中の部分がくぼんだ階段を下り、ドアの上できらめいているオイルランプの光で、掛け金を見つけ中に入った。天井が低く細長い部屋にアヘンの濃い褐色の煙がただよい、段々になった木の寝台は移民船の水夫部屋のようだった。
薄暗がり越しに、寝転んだ人間をぼんやりと見分けることができた。想像もできないような奇妙な姿勢で、背中を丸め、膝を曲げ、頭を後ろに反らせ、顎を上に向け、あちこちに、新しくやってきた人間を見つめる暗くどんよりした目があった。黒い影の中で、金属製パイプの受け皿に置かれたアヘンの塊が燃えたりくすぶったりするのにつれて、かすかな赤い光の輪がチラチラとまたたいていた。大部分の人間は静かに横たわっていた。しかし中にはブツブツと自分につぶやいている者もいた。別の人間は、奇妙な低い単調な声で話し合っていた。その会話は突然激しい口調になったかと思うと、また突然ぴたりとやんだ。お互いに自分の考えをつぶやき、相手の言葉にはほとんど関心を払っていなかった。
月曜日にセントクレア氏によく似た人物を見かけた話
月曜日の午前中、セントクレア氏と見られる男性(おもちゃ屋の紙袋を抱えていた)を見た人物が複数います。彼らは一様に、氏はテムズ川沿いのスワンダム・レーンの方向に足早に歩いていったと言います。
銀行関係から得られるセントクレア氏についての噂
毎週金曜日に銀行に寄るが、小銭ばかりを入金するので不思議な人物だと思われている。
アヘン窟の机の上にあった積み木を売った店
セントポール寺院の裏手におもちゃ屋があり、そこを尋ねると、確かに月曜日の午前中、店を開けるとほとんど同時にネビル・セントクレア氏が箱に入った積み木のセットを購入していたことを思い出してくれる。時間を逆算すると、彼がキャノンストリート駅に到着してすぐにこのおもちゃ屋に向かったことが推察される。
それ以降のセントクレア氏の足取りは不明。四時四十分にアヘン窟で夫人から姿を見られる。その十分後には失踪している。
ヒュー・ブーンについての噂
彼はシティを縄張りとしている乞食の中でも特徴的な人物として、多くの人の記憶に残っています。もじゃもじゃの赤い髪に、醜く汚れて青ざめた顔には大きな傷が走っており、それが引きつって、上唇の橋がねじくれたようにめくれ上がっています。ブルドッグのような顎と、鋭い目つきをしています。大変特徴的な容姿のため、凡百の乞食よりもかなり目立つ存在です。
彼が商売をしているのは、スレッドニードル街から少し離れた左手の壁にちょっと凹んだ箇所です。ほとんど毎日その場所に座り込んで見世物になっています。彼は警察の規制を逃れるために、蝋マッチを売っているふりをしています。足元の道路には脂ぎった革帽子を置いてあり、彼を哀れに思った通行人は、その帽子に小銭を入れるという訳です。しばらく観察していると、ほんの少しの時間で侮れない額を稼いでいるように見えます。
https://gyazo.com/d498ef996d2ed412af2619eb891d1222
ヒュー・ブーン
古い傷から広い隆起が目から顎まで通っていた。そしてこの傷の収縮によって、上唇の片側がめくれ上がり、歯が三本むき出しになり、ずっとうなり声をあげているようだった。輝くように明るいもじゃもじゃの赤毛が、目と額に覆い被さっていた。
情報屋から購入できる情報
ヒュー・ブーンに関する情報を購入すると、ブーンはアヘン窟『金の棒』の三階の部屋を根城にしているが、以前から夜にはアヘン窟の部屋にはに戻って来ていないことが判明する(夜に灯りがついていたためしがないという)。
翌日またシティに戻ってくる「通い」の乞食のようだ。何処かに「親」がいて、そこに上がりの報告に行ってるのではないか。そうであればシティの乞食ギルドが黙っていないはずだ。
ふだんは隠しているが、ブーンはいつも左手の薬指に銀の指輪をしている。そしてそれが身分不相応に見えるので、同業者からは不評だった。
インド人水夫に関する情報を購入すると、彼は一般的なアヘン窟の上がり以上の金銭的な収入を得ていることが明らかになる。アヘン窟の三階の部屋を貸しているが、他にも家賃収入か何かがあるのかもしれない、といったあいまいな話しか入手できない。これ以上は一日待ってくれと言う。
シナリオの追及部:第二日目
一日で入手できる情報は先述の内容までです。全ての情報を入手した場合には(もし入手できていない場合には、リバープロンズ警部が協力的な態度で色々と教えてくれます。彼は他の事件を抱えており、早くこの事件を手放したいのです)、それらの情報をまとめてセントクレア夫人に報告する義務があります。報告のためには杉屋敷に再び赴く必要があります。
ただし、現状ではセントクレア氏の生死については確定できない状態です。ヒュー・ブーンはボウ街のロンドン警察で独房に勾留中であり、土曜日の午前中に面会予約を取ったことは夫人に伝えるべきでしょう。
届いた郵便物
部屋に通してくれた夫人は、セントクレア氏が生きていると主張します。それは夫人の元に手紙が届いことが根拠になっています。ただ、彼女はこの手紙の意味を測りかねています。
「私が金曜日のお昼にネビルからの手紙を受け取ったのはどういうことなのでしょう。彼は消印のあるグレープゼンドにいるのでしょうか?」
封筒は使い古された非常に粗末なもので、今日(木曜日)のグレーブゼンド(倫敦からテムズ川を東に約30km下った南岸に位置する河港都市)の消印が捺されている。封筒には黒い油染みのような指紋がついており、労働者階級の人物によって投函されたことがわかる。
セントクレア氏の印章付き指輪が同封されていた
手紙の文面は以下のようなものであった。
「怖がらないでも大丈夫。全て上手く行くはずだ。大きなミスがあり、その修正に少し時間がかかる。心配をかけるが辛抱強く待っていてくれ」
「ネビル」
夫人には、筆跡はセントクレア氏のものであるが、非常に慌てて書かれたものであることが一目でわかる。
〈対物観察〉技能で「成功判定(普通)」に成功すると、使い古しの封筒にはアヘン樹脂の破片から出た粉が付着していることが判明する。その結果、セントクレア氏が書いた手紙を、件のインド人水夫の関係者か知り合いの水夫が木曜日または水曜日の夜のうちにグレーブゼンドで投函したものであろうと推測できます。
ネビル・セントクレア氏の過去の経歴
もしもPCがセントクレア氏の過去の経歴を夫人に尋ねると、あまりよく知らないと前置きをして、以下のようなことを話してくれます。
チェスターフィールド出身であること。
一時期俳優をしていたことがあるらしいこと。
シティについてはおどろくほどよく知っていること。
家には仕事の書類などは届かないので、シティに事務所を借りているのだろうということ(彼女は夫の職業をよくわかっていません)。
一通り話し終えたあとで、彼女はPCを寝室に案内してくれます。
シナリオの解決部
翌日土曜日は、シティ警察でリバーブロンズ警部の立ち会いのもとでヒュー・ブーンと面会をする約束をしています。PCはこの場で本事件の謎を解決する必要があります。具体的にはブーンがセントクレア氏である証拠を本人に突きつけることと、それによって本人であることを認めて正体を明かすことです。
土曜日のシティにて
シティの人混みの中を移動していると、馴染みの情報屋が袖を引きます。追加情報を持ってやってきて追加の情報を売ろうとしているのです。
情報はヒュー・ブーンは乞食ギルドに所属していないため、近いうちに命の危険に遭うはずだという内容。
ただし、警察に拘留されている間は危険はない。
インド人水夫が厄介に思って乞食ギルドに売った。このまま警察から釈放されると、その日のうちに殺害されるはず。
この情報はリバープロンズ警部に公開しても良い。内容を伝えると、「ブーンを保護し続けるか、何か別の方法で乞食ギルドの目をくらまさないといかんですな」と言って考え込む。
ブーンとの面会
要ヒュー・ブーンのキャラクターデータの作成
ヒュー・ブーンの正体は、変装したセントクレア氏です。演劇の経歴を生かした卓越した変装技術により、彼はシティでの乞食を生業として、中流階級の生活を維持しているのです。ただし、彼は家族(特に子供達)に現在のような稼ぎ方をしていることを絶対に知られたくないと考えています。もしも家族に正体がバレてしまった場合は自殺することを選ぶでしょう。
また変装している状態のセントクレア氏はスチームパンクスです(もちろんリンクリストに登録する必要があります)。また彼は「自分の正体を誰にも判明させない」というドライバを持っています。
解決策その1:印章付き指輪を見せて自白を迫る
もしも面会することができたら、印章付き指輪を見せることができる。
印章付き指輪の入ったアヘンの粉つき封筒をインド人水夫に渡すことができるのは本人以外にあり得ない。
ブーンは正体を明かし、事情を説明し始める。
その他の解決策
他のつじつまの合う理由があれば、その理由をブーンに説明することで、彼は自身がセントクレア氏であることをしぶしぶ認める。
警部の驚き
変装を解いたセントクレア氏は、まったく別人の姿なります。
茶色の皮膚もそこに縫い込まれていた恐ろしい傷跡も、嫌なあざ笑い浮かべていたねじれた唇も消え失せた。ぐいっと引っ張ると、もつれた赤毛が外れた。ベッドに座っていたのは、青白く悲しそうな顔をした、黒髪ですべすべした肌をした上品な感じの男だった。
変装を解いたセントクレア氏を見て、警部は驚愕の声を上げる。懐から写真を取り出すと、何度も見比べる。セントクレア氏は居直った様子で「その通りです。しかし、私になんの嫌疑があって拘留されているというのでしょうか」とPCと警部に向かって食ってかかる。
「確かに何の嫌疑も掛けられているわけではありません。ですがね。我々はあなたの命を保護する役目があるんです。あなたはアヘン窟のインド人水夫に売られて、乞食ギルドから命を狙われているそうですから」
警部はそう言って、ブーンが乞食ギルドに命を狙われていることを説明するようにPCに促します。
セントクレア氏の独白
セントクレア氏が納得すると、彼はなぜ乞食となっていたのか事情を話し始めます。この内容は長いので要約しても良いでしょう。
「これをお話するのは初めてです。私の父はチェスターフィールドの校長をしていました。そこで私は素晴らしい教育を受けました。私は若い頃旅行し、舞台が好きになり、遂にはロンドンの夕刊紙の記者になりました。ある日、編集長がロンドンの物乞いに関する連載記事を計画し、私はそれを書くことを志願しました。これが私の妙な経歴が始まるきっかけとなりました。それはただ記事の材料を集めるために、素人が乞食の真似をしてみるというだけでした。私が俳優をしていた時、もちろん扮装のコツを全て習いました。そして楽屋で有名になるほど上達しました。この技術は非常に好都合でした。私は顔に色を塗り、そして自分を可能な限り惨めにするため、肉色の絆創膏の切れ端を使って、て大きな傷を作って唇の端をねじるように固定しました。それから赤毛の髪とそれらしい衣装を着て、ロンドンの商業地域でうわべはマッチ売りで実は物乞いとして座っていました。7時間私は精を出して働きました。そして夜になって家に帰って、驚いたことに26シリング4ペンスも稼いだことに気付きました」
「私は記事を書き、この件にはそれ以上関心がありませんでした。しばらくして、私は友人の手形の保証人となり、25ポンドの支払命令書を受け取りました。その金をどうやって作るか困り果てました。しかし、突然ある考えが浮かびました。私は債権者に二週間の猶予を頼み、会社に休暇を願い出て、変装してシティで乞食をして過ごしました。10日で負債を返せるだけの金を得ました」
「さあ、一週2ポンドで厳しい仕事に精を出すのが、どれほど辛かったかあなたも想像できるでしょう。顔をちょっと汚く化粧し、帽子を地面に置き、じっと座っているだけで、同じ金を一日で稼げるのが分かっていたんですから。それはプライドと金の長い戦いでしたが、結局金が勝ちました。私は記者の仕事を投げ捨て、私が初めに選んだ街角に毎日座りました。幽霊のような顔で哀れを誘って、ポケットいっぱいの銅貨を貰いました。一人だけ私の秘密を知っている男がいました。それは、私がスワンダム・レインで下宿していた下劣な窟の管理者でした。そこで私は毎朝汚らしい乞食として現れ、夜になるときちんとした身なりのおしゃれな男に変身できました。このインド水夫には部屋代を奮発していたので、彼に知られても、私の秘密が漏れる心配はないと分かっていました」
「さて、すぐに私はかなりの大金が貯まって行くことに気付きました。私はロンドンの町の乞食はだれでも年に700ポンド稼げると言うつもりはありません。私の平均収入はこれ以上でした。しかし私には変装する能力という例外的な強みがあり、練習によって上達した軽妙な受け答えの才能もありました。そして私はシティで極めて有名になっていました。一日中ひっきりなしにペニー銅貨や、時には銀貨が、私の帽子に投げ込まれました。よほどひどい日でないと、2ポンド稼げないという事はありませんでした。
私は金持ちになるに連れて野望が膨らみました。誰にも私の本当の職業を感づかれることなく、郊外に家を構え、最終的には結婚しました。私の妻は私がシティで仕事をしていることは知っていました。しかし何かについてはほとんど知りませんでした」
私は自分の変装を出来る限り長く隠しておく決意でしたので、汚い顔のままでいたがりました。妻が死ぬほど心配するに違いないのは分かっていましたので、巡査が誰もこちらを見ていない隙に、私は指輪を抜き取って、妻に心配しなくてもよいと走り書きした手紙と一緒にインド人水夫に預けました」
ここでリバーブロンズ警部が口を挟みます。
「手紙の投函が遅れたのは,そのインド人水夫には、尾行がついている。今扱っている事件の中心人物の一人という嫌疑がかけられているからです。彼が警察に見つからずに手紙を投函するのが難しかったのはそういう事情でしょう。困った彼はおそらくその封筒を客の水夫に手渡して、そいつが何日かまったく忘れていたのではありますまいか」
そしてこの推測は正しいものです。
シナリオの終了とエピローグ
続いて事件の収束のための内容が語られます。この部分はPCの発言は特に無くて良いでしょう。なぜならば、大事なのはセントクレア氏と警察の間の話だからです。
このシーンでは
警察がこの事件をもみ消す。
ブーンでもあった、セントクレア氏の身の安全を確保する
という二つの目的のために、セントクレア氏に二度とブーンに変装して乞食行為を行わないようにと、リバーブロンズ警部から要請されます。
「もし事件を法廷に持ち込めば、色々なことが公になってしまう。しかし、何も事件性も無かったとなれば、詳細が表沙汰になることはありません。あなたの供述を記録する必要はありますが、このままヒュー・ブーンという男が倫敦から姿を消してくれれば、事件が法廷に持ち込まれることはありません」
この言葉にセントクレア氏は、「神に誓って、二度とブーンになることはありません」と誓いを立て、事件は無事に終焉を迎えます。セントクレア氏の服は、上着以外が警察に管理されていますので、恥ずかしくない姿で自宅に戻ることができます。
エピローグ
このセクションはシナリオの後のエピローグになります。以下はサンプルですが、より良いエピローグなどがあればそちらを採用してください。
「さぁ、早く馬車に乗ってください。奥様が帰りを待っていますよ」
探偵が男性に声をかけた。
「しかし、私は職業も失ってしまった」
複雑な顔でセントクレア氏は探偵に視線を向けた。探偵は少し驚いたような表情を浮かべて彼に告げた。
「おや。先ほどリバーブロンス警部から話を聞かされていませんか? ロンドン警察から警官たちの変装技術の講師として雇いたいという話があるみたいですよ。どうもあの警部が抱えている様々な事件で必要な技術らしいですから。その時は、また別の姿でお目にかかることもあるかもしれませんね。さ、お子さんたちに積み木を買って帰らないといけません。——御者くん。馬車をセントポール寺院の方裏のおもちゃ屋にやってくれたまえ!」
そして杉屋敷に主人が戻った。
彼は妻に対して「関係している会社が倒産して、その関係で色々あったのだと告げた。詳しいことは説明しなかったが、夫人はそんなことはどうでも良いのだと言って彼のことを抱きしめた。
二人の子供達には真新しい積み木が手渡された。
急に仕事を無くしたセントクレア氏だったが、その後リバーブロンズ警部の推薦で今は倫敦警察に雇われているようだ。収入は半減したが、特技を生かした仕事で、充実した生活を送っているらしい。
Fin.
シナリオに関する解説と蛇足
このシナリオは『蒸気!』用のサンプルシナリオです。このシナリオをプレイすることで、キャラクターは何人かの有力なNPCをリンクリストに登録することができます。探偵のキャラクターには警官のキャラクターは役立つでしょうし、変装名人から変装のアドバイスを受けることもできます(しかもPCは相手の弱みを握っているのです!)。