万国博を考える会
SF作家の小松左京が呼びかけた万国博覧会を考える私設研究会。
この研究会が発展して日本未来学会となった
直接的にはPR雑誌「放送朝日」の企画に端を発する
梅棹忠夫の「放送朝日」掲載の論文「情報産業論」が話題を呼び、「放送朝日」では情報産業論に関する特集を続けていた。この企画と連動した形で「万国博考える会」が企画された
東京オリンピックブームを受け、大阪で万国博(国際博)が開催されるという報道があったことが「放送朝日」企画のきっかけ
小松左京のエッセイ『ニッポン、70年代前夜』で経緯が語られている
新潮文庫『やぶれかぶれ青春期・大阪万博奮闘記』収録
中心的な役割を果たしたのは小松左京、梅棹忠夫、加藤秀俊
発起人は上記3名のほか、川喜多二郎、多田道太郎、鎌倉昇、「放送朝日」編集長の仁木鉄を加えた計7名
日本の情報産業論と未来学の年表