賢人と奴隷とバカ
普遍的価値をおくすることなく提示し批判続ける。アマチュアニズムを発揮し利害関係に束縛されないがゆえの知性を行使して問題にとりくむべき
サンクレイリーのいう24/7世界。資本による余剰労働の領有を妨げているような自然的諸条件。自然存在としての時間的限界につきあたる労働者の生活時間、睡眠という再生産の時間さえ侵食されるという状況
即効的な効果が期待されること、短期的な利益の見込めないすべてのいとなみが、減価されること。いわゆる日常的ネオリベラリズム。 ミシェル・フーコーの定義した知識人は、反戦略的と形容した。
善悪の二項対立に内在する、とてつもない複雑な駆け引きへの想像力を欠き、それ自体の単純さがなにに奉仕しているのかに単純に目を瞑っている
1968年以前への退行。ミシェル・フーコーは大衆自身がすでに有している知を強調した。それを従属した知と呼ぶ。シャーマンのような知を想定された主体が行う ポピュリスト:敵をつくり、それを同一視する。デモクラシーの機能を極端に縮小する傾向がある。マスメディアを介したスペクタクルによって権威主義をまとう
ポピュリズム:敵をつくって、シンプルなフレーズで既成のものを破壊することを唱える ピープルが不在であるがゆえにポピュリズムができる
丸山眞男:状況化するということはアナーキー化するということ。デモクラシーは制度を溶解させるのがデモクラシーの核心である
資本主義固有の新しさの病。おなじものでも
1969年にインセクトができてきた
ミシェルフーコーはみずからの知的ないとなみの目標のひとつとして、それまで自明のごとく使われていた言葉や振る舞いを躊躇なしにはできなくさせることである
ゲッペルズ:大衆が受動と能動の両義性をもちながら舞台にあらわれた時代 エキセン:現代における真の危険はエキストリーム・センターからやってくる エキセンは中道にみえるが、脱政治家したテクノクラート的合理性を掲げる政治をエキセンという。左右の対決自体を拒否する。デモクラシーの否定。極端なものを無効化する 対決そのものが否認されつつ、ネオリベラリズムによるシステム再編、つまり、経済的リベラリズムを原則として行政府手動の権威主義的手法によるシステム再編が決行されていく 資本主義には記憶も過去もない。しかし、それは小さな物語をたえず生み出しながら、その都度、過去と未来を生成させ、記憶を捏造し、おなじものを、新しい装いでもって、永遠に繰り返す 解釈労働:支配する相手の側の心をつかもうとする努力。相手は自分のことなど眼中になくても、こちらはその主人のことをいつも考えている。
ブラックブロック:なんの戦略・目的にも従属せず、ただ戦術を通して可能性そのものを拡大するために存在する。可能性一般を開くものである
資本を自己破壊から救うのは資本ではないということである。別に人間の集合体にかぎらなくともよい。自然もふくめた、人間も織り込まれた生の平面がそれを阻止していた