ナトコン
「ナトコン(NatCon)/国民保守主義」は、グローバル化とリベラル秩序の行き詰まりを前提に、「自国の伝統に根ざした独立国家(national independence)」を政治の最小単位に据え直す保守潮流です。中心人物のヨラム・ハゾニー(Yoram Hazony/エドマンド・バーク財団会長)は、2018年の著書『The Virtue of Nationalism』と2022年の『Conservatism: A Rediscovery』で理論を提示し、以後「ナショナル・コンサバティズム(国民保守主義)」という旗印の下で国際会議や「原則声明(Statement of Principles)」を編纂して運動を制度化しました。核心は、①国家主権と国境の回復、②帝国主義・汎世界的ガバナンス(超国家機関)への懐疑、③聖書に基づく公共宗教の復権、④家族重視と出生の回復、⑤自由企業の尊重と同時に国家利益に資する産業政策・研究投資の推進、⑥移民の大幅抑制と同化(アサミレーション)の重視──といった政策束です。理念はナショナリズムの徳を強調し、「国家の固有伝統こそ人々を結束させる」とする点で、冷戦後の新自由主義的グローバル秩序や“ポスト国民国家”像と明確に距離を置きます。 実務面では、2019年ワシントンからローマ、ロンドン、ブリュッセル、ワシントン(2024)へとカンファレンスを継続し、政官財・思想家のネットワークを拡大。米英の保守政治家や起業家・論客(例:ピーター・ティール、ジョシュ・ホーリー、J.D.バンス、パトリック・デニーン等)が登壇し、トランプ以後の右派再編の受け皿として「自由至上主義(リバタリアニズム)」や冷戦期のフュージョニズムに代わる新たな基軸づくりを試みています。
他方で議論も大きい。公共宗教や家族規範の強調、移民の大幅抑制、大学・ビッグテックへの強い介入を含む統治観に対し、「権威主義的」「神学的国家観」との批判がリバタリアンや保守内部からも上がります。また欧州では2024年ブリュッセル会合が治安名目で一時中止命令を受け、言論の自由をめぐる反発を招くなど、運動そのものがリベラル秩序との“摩擦試験”になっています。
Cato Institute
フランス24
Courthouse News
思想史上の位置取りで言えば、国民保守は①「伝統・宗教・共同体」を公共徳として再評価する「ポストリベラル保守」圏と重なりつつ、②トランプ以降の「アメリカ・ファースト」や欧州の主権回復論と交差し、③市場観では自由企業を尊重しながらも国家利益・供給網・防衛産業を優先する点で“産業政策志向の保守”を打ち出します。要するに、価値観(宗教・家族・共同体)とガバナンス(国家主権・行政の縮減と選挙による統制)と経済(国益優先の市場運用)を一体化する「保守の再編集」だと言えます。日本文脈では、人口減少下の家族政策、重要供給網と公的研究の再投資、移民・同化の設計、超国家ガバナンスへの態度(貿易・技術規制・安全保障)といった論点で参照可能。ただし、宗教の公的役割や価値観の規範化をどう扱うかは、政教関係の違い(欧米・日本)を踏まえた慎重な翻訳が要る分岐点です。
National Conservatism
エコノミスト
+1
キーポイント(出典付き)
定義と骨子:国民保守主義は「独立国家の世界」「超国家機関への権限移譲への反対」「公共宗教(聖書)の復権」「家族と出生の回復」「移民の大幅抑制」「国家利益に沿う自由企業・産業政策」などを掲げる。
National Conservatism
運動の器:運動はエドマンド・バーク財団(ハゾニー会長)が主宰し、原則声明と国際会議で制度化。概説ページは「保守危機」への応答として“国家”を再定位すると説明。
National Conservatism
ハゾニーの位置:ハゾニーは『The Virtue of Nationalism』『Conservatism: A Rediscovery』で理論化し、2020年以降は“リベラル覇権の終焉”と文化革命(woke)への対抗を強調。
Yoram Hazony
誰が集うか:ナトコン会議にはピーター・ティール、ホーリー、ルビオ、J.D.バンス、デニーンらが登壇(2021年)。運動が知識人・政界・資本を横断していることがわかる。
政策観(経済):自由企業を支持しつつも、敵対国依存の脱却、防衛・重要製造の育成、反クロー二ー資本主義を強調。
National Conservatism
公共宗教:聖書を“共有文明の第一の書”と位置づけ、キリスト教多数国では公共生活をキリスト教的道徳に根ざすべきとする。少数宗教の保護も明記。
National Conservatism
移民と同化:現状の「無制限・非同化の移民」を弱体化要因と見做し、場合によってはモラトリアムも検討。
National Conservatism
批判・論争:リバタリアン系は「国家による宗教推進や大学介入は権威主義的」と批判。保守内部でも“国民”概念の曖昧さを巡り論戦。
Cato Institute
Claremont Review of Books
欧州での波紋:2024年ブリュッセルの会合が治安名目で一時停止命令、ベルギー首相は警察介入を「容認できない」と批判。言論の自由の象徴的事件に。
euronews
国際的広がり:経済誌や学術研究は、ナトコンを「リベラル秩序に対する国際的保守連携」と位置付け、米欧を中心に広がる新パラダイムとして分析。
エコノミスト
Oxford Academic
LSEブログ
主要人物・組織
ヨラム・ハゾニー:思想の理論家/運動の組織者。バーク財団の会長。
Yoram Hazony
National Conservatism
エドマンド・バーク財団:運動の母体。原則声明の起草・署名集約、会議運営を担う。
National Conservatism
+1
周辺ネットワーク:ピーター・ティール、パトリック・デニーン、オレン・キャス等が会議や声明に関与(肩書は同意表明ではなく本人識別用と注記)。
National Conservatism
ポジショニング(保守内部の地図)
フュージョニズムからの離脱:古典的自由主義×伝統主義の折衷(戦後保守主流)から距離を取り、「国家・共同善・宗教」を太い柱に。
Imprimis
Yoram Hazony
トランプ主義の“理論装置”:The Atlantic等は、ナトコンを「トランプ的反グローバル化・反移民路線の知的再編」と評す。
The Atlantic
国際保守の連結点:経済誌の分析では、米欧の会議連鎖が“反リベラル連合”のハブとして機能。
エコノミスト
注意点・批判の論点
宗教と国家:公共宗教の復権は、信教の自由や多元主義との緊張を生み得る。リバタリアン系は“国家が価値を強制”と批判。
Cato Institute
移民政策:モラトリアム提案など強硬色は、経済・人権・社会統合の観点から議論分裂を招く。
National Conservatism
“国民”の境界設定:誰が“我々”に含まれるのか。同質性前提への懸念が思想界から提示。
Claremont Review of Books
日本の政策・ビジネス文脈への示唆
産業政策×安全保障:重要製造・公的研究(防衛含む)への再投資の枠組みは、日本の供給網強靭化や防衛装備研究の議論と通底。
National Conservatism
家族政策と公共徳:少子化対応と家族の安定を「公共善」と捉える語りは、財政措置だけでなく文化・教育設計を含む総合政策の参照点に。
National Conservatism
国際ガバナンスとの距離感:超国家的枠組みへの過度な権限移譲への懐疑は、通商・技術ルール形成での主権的判断を促す視座。
National Conservatism
関連してリサーチすると良い人・潮流
パトリック・デニーン(『Why Liberalism Failed』)、ソラブ・アマリ(Common-Good Capitalism/Postliberalism)、オレン・キャス(American Compassの産業政策論)、クリストファー・デミュース/N.S.ライオンズ(原則声明起草陣)、ヴィクトル・オルバン(“非リベラル民主主義”論と国民保守の欧州接点)。会議登壇や声明関与の一次情報が入口になります。
National Conservatism
参考の一次資料・骨太解説
National Conservatism「原則声明」本文(各項目:主権・反グローバリズム・公共宗教・家族・移民・経済ほか)。
National Conservatism
バーク財団「Overview」(運動の背景と目標)。
National Conservatism
ハゾニーの公式解説ページ(運動の位置づけと著作)。
Yoram Hazony
経済誌のブリーフィング/ポッドキャスト(国際的広がりと右派再編の文脈)。
エコノミスト
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2019-2024年の会議報道とブリュッセル事件(運動の政治的位相と言論を巡る摩擦)。
The Atlantic
euronews
リバタリアン系からの批判(権威主義的傾向の指摘)。
Cato Institute
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