有機体論
(1)生命現象の基本は、生物体を構成する物質と組織化の過程が、ある特定な秩序・結合状態が保たれて個々の生命現象に固有な平衡または発展的変化を可能にしていることにある、とする学説。 *医語類聚〔1872〕〈奥山虎章〉「Hylozoism 有機体論」
*哲学字彙〔1881〕「Biogeny 有機体論」
一般に,あらゆるものを有機体として見る立場で,有機体説ともいう。歴史上,農牧社会でとくに支配的な思想であったが,近代社会では機械論が有力になってきたので,それとの対立において主張されることが多い。有機体の典型は生物であるから,生物をモデルとしてすべてを見る立場ないしすべてを生き物として見る立場といってもよいが,とくに〈有機体論〉と呼ぶときには限定して用いる。すなわち,同様に生物をモデルにする場合でも,生物のもつ〈生きている〉という働きに注目してそこに生物体以外の独自の実体を想定すれば〈生気論〉になり,生物のもつ目的性に注目すれば〈目的論〉になる。これに対し〈有機体論〉は生物の体制に注目する。つまり生物の客観的な面(生物体)をとりあげて,これをモデルとする思考形式をいうのである。全体を部分の集合であると考える機械論に対しては上記の三つとも対立しているが,生気論や目的論に対して有機体論は構造や機能の面から扱うことを特質としている。〈有機体〉とは機能を有する体制のことなのである。 有機体は種々の特質をもっているが,いまその基本的なものをとりあげると,(1)自己形成,(2)自己保存,(3)自己増殖である。自己形成は,量的には成長であるが,外部から加工を受けて大きくなるのではなく,外部的なものを内部に摂取し同化して成長する。さらに質的には内部で分化・分節をとげ,機能にふさわしい組織・器官をみずから形成して体制を複雑化する。つまり〈有機的組織organism〉をつくるのである。それらは部分ではなく分肢であって,個体を離れては機能をもちえない。自己保存は外から破壊しようとするものに対して防御し,また損傷を回復する働きであり,有機体の特質とされる感受性や興奮性も自己保存の形式と考えられる。自己増殖は自己と同一種の個体を生殖し,種族を保存しようとすることである。以上の三つにすべて〈自己〉という文字が冠されているのは,有機体がみずから働く自発性をもつということであるが,個体として存在するということでもある。有機体論はすべてのものをこのように誕生と成長と死をもつ個体として取り扱うのであって,たとえば社会有機体説は国家や社会をこのようなものとしてとらえるしかたにほかならない。 有機体論は機械論と対立する考え方であるが,機械そのものが発達をとげた結果,機械論のモデルはかつての機械時計ではなくコンピューターや原動機を組み込んだ自動制御機能をもつ有機化された機械になってきており,機械の自己増殖の可能性もすでに証明されている。機械の理想は有機体なのである。他方,有機体も機械論的に説明ないし処理できる部分が増加してきており,生物体を機械と見る主張も有力である。しかし有機体は環境と切り離しては考えられないので,生態学や環境科学ではなお有機体論が大きな役割を果たしている。