第30回 グラフィックアート『ひとつぼ展』審査会レポート
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第30回グラフィックアート『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
入選したことすら驚きだったという
無欲の出品作が逆転でグランプリ獲得
■日時 2008年4月10日(木)18:00〜20:30
■会場 リクルートGINZA7ビル セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2008年4月7日(月)〜4月24日(木)
「10人がそれぞれ違った表現」「展示作品は全体的にレベルが高い」
審査をひかえて静まりかえったガーディアン・ガーデンの展示スペース。やや緊張した顔で自身の展示作品の前に立つ各出品者と会話しながら、仕事の都合で遅れているナガクラさんを除く4人の審査員が入念に10人の作品をチェックする。一坪のスペースをいっぱいに使った迫力ある1点の作品があるかと思えば、同じスペースにぎっしりとレイアウトされた多数の作品もある。この後、バラエティ豊かに展示された作品を出品者一人一人が自分の声でプレゼンテーションして公開二次審査会が始まる。その概略は以下の通り。
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橘内
札幌にいた学生の頃から写真的なコマ撮りの技法を取り入れ、除雪作業中の友人を描いていた。京都に引っ越した折に、自分の姪を取材し描いたのが今回の展示作品。自由な画風が好きな日本画家の曾我蕭白をリスペクトする意味で、蕭白の絵をモチーフにしたキャラクターを登場させた。
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北村(理)
身近に潜む奇妙なものをテーマに作品を作っている。私が最も身近で奇妙だと思うのは人間。 日々、多彩な表情をつくり変化する人間のイメージを、「変身」と「愛」というキーワードでグラフィックに表現した。個展では「男のイメージ」「女のイメージ」を両極的に表現したい。
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香本
以前はふつうのレースを編んでいた。それを少しいじってみることで、見え方が全く変わることを発見した。それがどんどん面白くなり、さらに自分なりのアイデアを加えることで発展した表現。手のひらサイズが主だったが、出展に際して大きなサイズの作品に仕上げた。
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北村(佳)
私は自分が考えていることを言葉で表現することがうまくできない。言葉にできないこと、いたたまれないことを絵に出来たらいいと思って描いている。今回の作品は自分を見つめなおす意味で「人間でいたい」をテーマに、自分の顔を一坪サイズいっぱいに描いた。
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長
木版画をずっとやっていて、刷り終わった後の版木を利用した作品を作れないかと考えた。彫った版木に絵を付けたものだから、「木彫り絵」と呼んでいる。いろいろな作品を作りたかったので、小さいサイズでワッとたくさん彫って絵にした。押入れのモチーフが多いのは、自分の小さな頃の記憶から。
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宮崎
人を描くのではなく、人との間に生まれるコミュニケーションを表現した作品、それが「あのんの距離」。人と人を結ぶ、みんながハッピーになれる、あたたかい絵を描きたいと思っている。個展でやりたいことは、その場でお客さんと会話しながら描いていき、ライブな時間を共有すること。
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原田
エロティシズムをテーマに描いた作品。性欲に狂い溺れる人々の滑稽な様をユーモラスでエキサイティングに描いた。これらの絵にはそれぞれに、欲望の中で愛と快楽、想像力が現れる過程をストーリーにして表現している。見る人にそんな物語が伝わったらいいと思う。
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青木
ありふれた行為から、ありふれたものを表現し、そこから新鮮なものを作りたいと考えた作品。試行錯誤の中から、紙の折り目から造形を作ることを発見した。モチーフには特に文脈はない。この発見をシンプルに、ストレートに、見る人の心が変化するような表現として提示したい。
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伊藤
今回展示した作品の登場人物の1点1点に名前がある。「海外文学の主人公」を動物におきかえ、肖像画として表現した。その人物の内面や物語的な背景、空気感を出せるように心掛けた。個展では女性や子供を含めた「擬人化された肖像画」を多数展示したい。
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水谷
立体作品を作るというより、インスタレーションするような感覚で取り組んだ作品。会場を庭に見立てた空間構成の一部として、この作品を作った。身近にあるものをモチーフに、現実にはない、想像の中から形にすることを自分に課した。誰も見たことのない風景をつくっていきたい。
出品者10人のプレゼンテーションが終り、仕事で遅れていたナガクラさんが到着。ここで各審査員が全体的な印象を語った。浅葉さんは「審査員というよりは応援団のつもりでここに来ている。今回の展示作品は全体的にレベルが高いので誰を推すか迷っている」とうれしい悲鳴。水野さんは「本当にレベルが高い。応援したい企業だから株を買うのと同じ視点で、だれの株を買うか、真剣に考えている」と思案顔。メグホソキさんは「全員が違う印象の作品なので比べられないが、私自身どれが一番好きか、応援したいかと考えながら選びたい」と意思表明。大迫さんは「一次審査の過程で各審査員が1人5時間以上もかけて選んでいる。この10人に残った人たちは、それだけでもすごいことだと思う」と出品者10人を称える。残念ながらプレゼンテーションを聞くことが出来なかったナガクラさんは「ポートフォリオを見た時よりも展示作品の完成度が高いのに驚いた。プレゼンテーションを聞けなかった分、純粋に作品だけを基準に選びたい」と自身の選考基準を述べた。
「見たこともない世界がすごい」「本人と作品のギャップが面白い」
全体の感想に引き続き、一人一人の作品について意見交換が行われる。まず、橘内さんの作品について。
水野さんが「最初にポートフォリオで見た時から、写真なのかイラストなのか気になった作品。今回の展示では曾我蕭白のキャラクターを取り入れるなど、プラスアルファがあって面白かった」と先陣を切ると、メグホソキさんは「展示で実物の絵を見ると、作品の温かみが感じられて良かった」と続ける。大迫さんは「1点1点が丁寧な絵だし、技量も十分高い。曾我蕭白のモチーフを取り入れて作品の幅が広がった」と評価する。ナガクラさんは「元となる写真が浮かび上がり過ぎている」とイラストのテイストを気にする。
続いて北村(理)さんの作品について。メグホソキさんが「本人に会ってみて、ファンタスティクな感じと良い意味での頑固さがある。シュールさを追求し切れていない可愛いさも、私は好き」と評価すれば、水野さんは「本人のプレゼンテーションを聞いて“地頭が良い”と感じた。アートディレクター向きかも。むしろ作品よりも本人に魅力を感じた」と興味を示す。「イメージのスケッチが素晴らしいので、今すぐにでも広告の仕事ができる人だと思う」と浅葉さんが言えば、「せっかくアイデアは面白いのに、定着の完成度が低いのはマイナス点」とはナガクラさん。
香本さんの作品について。開口一番、水野さんが「すごく好きな作品。本人とのギャップがあるのも面白かった。応援したい気持ち」とべた褒めすると、「今までに見たこともない世界が表現されていて、すごいなと思う」と浅葉さんも驚きの様子。ナガクラさんも「ポートフォリオで見た時よりも展示作品はスケール感がある。とても面白い」と好印象。
北村(佳)さんの作品について。ナガクラさんが「すごく好きな作品」と一言に集約すれば、メグホソキさんは「肌色を使った迷彩のよう。すごくセンスを感じる作品。作者の一生懸命さが伝わってきて好感を持った」と作品の制作姿勢にも言及する。浅葉さんは「作品に言葉はいらない、という本人のプレゼンテーションが潔い。確かに理屈ではない良さがある」と感心しきり。水野さんは「とても才能のある人。それなのにプレゼンテーションで緊張するところにジェラシーを感じる」と脱帽気味。
長さんの作品について。メグホソキさんが「自分の世界観をしっかりと持っている人。しかも、それを楽しんで表現している。作者が感じたことの一つ一つが木を彫ることによってできる“段差”に表れていると強く感じた」と彫ることの意味を語れば、大迫さんが「色も形も独特でなつかしい印象を受けた」と作品に触れ、ナガクラさんは「小さいサイズも良いが、大きな作品も見てみたい」と木彫り作品に親しみを感じた様子。
宮崎さんの作品について。大迫さんが「元気でエネルギーのある作品だ」と言えば、ナガクラさんは「展示の箱はせっかく発散している絵のパワーを閉じ込めてしまった。ドカーンとストレートに見せた方が迫力が出たと思う」と展示方法を指摘。「モチーフになっている人を真正面から見ている。作品どうこうよりも本人の考え方が好き」と水野さん。メグホソキさんは「笑っている絵以外にはどんな絵を描くのだろう」と別の角度から見る。
原田さんの作品について。大迫さんが「ポートフォリオを見た時から力のある人だと思ったが展示作品を見ても同じ感想。このテーマに限らずストーリー性を持って描いた方が良い」と評価すれば、メグホソキさんは「このテーマでもどこか可愛くて上品に見えるのは、作者本人の魅力が作品に出ているからだと思う」と作者と作品の一致を挙げる。浅葉さんが「インド的な性表現かも」と言えば、「文句なしに好きな絵」とナガクラさん。
青木さんの作品について。水野さんが「展示作品にスキャンした写真をもってきたが、やはり実物が見たかった。二次元よりは三次元の強さがある作品だと思うので」と残念がり、大迫さんも「グラフィックではなく、クラフト作品として発明だと思う」と同調。メグホソキさんも「これだけ繊細な立体感があるので、実物の質感を見せてもいいのでは」と同じ意見。浅葉さんは「すごい発見だ。こんな作品は見たことない」と賛辞をおくる。
伊藤さんの作品について。大迫さんが「もう完成している」と言えば、水野さんは「すぐに仕事に使える」とアートディレクターとしての意見を述べる。「肖像画の次にはどこへ行くのか」とはナガクラさん。
水谷さんの作品について。水野さんが「部屋に飾るならコレ。造形物として美しいものを作れる人だと思う」と面白がれば、メグホソキさんは「不思議な形。もちろん形はキレイなので、森みたいに作品がたくさんある空間も見てみたい」と好印象。ナガクラさんは「好きなような、そうでもないような、不思議な形。もちろん魅力的」とまだ整理がついていない様子。
「北村(佳)さんにはすごい才能を感じる」「香本さんには可能性を感じる」
一人一人の作品にたいしての感想を聞いたところで、審査員がそれぞれにグランプリ候補を3名選んだ。少々時間がかかり、選んだ結果は……
浅葉/香本 北村(佳) 青木
ナガクラ/香本 北村(佳) 水谷
水野/香本 北村(佳) 青木
メグホソキ/北村(理) 香本 北村(佳)
大迫/北村(佳) 原田 伊藤
これを集計すると、
北村(佳)5票/香本4票/青木2票/北村(理)1票/原田1票/伊藤1票/水谷1票
司会の大迫さんが「満票が入った北村(佳)さんと4票の香本さんが抜け出しているので、この両者で結論を出したいと思います」と進行し、水野さんが「北村(佳)さんにはすごい才能を感じる。しかし一方で、もう応援しなくてもどんどん伸びていく人だとも思う」とグランプリに推すべきか悩んでいる様子。そこで浅葉さんが「この二人でいえば、香本さんのほうが新しい世界を見せてくれそうな期待感がある」と香本さんを推す。ナガクラさんは「どちらの作品を買いたいかという視点で選ぶと、北村(佳)さん」と北村(佳)さんを推す。水野さんは「同じようにどちらを買いたいかと考えれば、香本さん」と香本さんを推し、メグホソキさんも「男性で、これだけのレース編みの作品を作ってしまうところに魅力を感じる、香本さん」と香本さんを推す。最後に、大迫さんは「うーん、作品として成立するかどうかは未知数だが、可能性で香本さんかな」。これで香本さんを推す審査員が4人となり、決着がついた。「今回のグランプリは香本正樹さんに決まりました」と大迫さんが高らかに宣言し、会場からわれんばかりの拍手が起こった。ここで、見事逆転でグランプリ受賞となった香本さんが「この結果は驚き以外なにもありません。入選した時点でびっくりしましたが、恥ずかしいものは出展できないと思いがんばりました。個展では新しいなにかを出せるようがんばります」とスピーチをして、第30回という節目のグラフィックアート『ひとつぼ展』公開二次審査会が終了した。
「身を削る思いで作った作品なので評価してもらってとてもうれしい」
審査会の後で出品者にインタビューした。審査員の投票では満票を獲得しながら惜しくも次点となった北村(佳)さんは「ガーディアン・ガーデンで個展をやりたかったです。プレゼンテーションをはじめ、あの審査会に参加したことが緊張しました」と個展まであと一歩というところに行きながら叶わなかったことが残念そう。2票が入った青木さんは「『ひとつぼ展』に参加できて楽しかったです。審査員の方や他の出品者の人たちにお会いできて、自分の世界がまた広がったと思います。審査会で指摘された展示の仕方をもう少し考えたいです」と素直に受け入れる。1票が入った北村(理)さんは「審査員をされた水野さんに憧れて応募しました。それで入選までしたので奇跡だと思います。この10人に選ばれて満足です」と充実感に満ちる。1票が入った原田さんは「プレゼンテーションは緊張しました。予想以上に褒めてもらった気がします」と安堵の表情。1票が入った伊藤さんは「自分にはない感性に触れられて、うれしくもあり、悔しくもあります。完成しているというコメントをいただいたのがうれしかったです。次のステップに進みたいと思います」と次回の挑戦を約束する。1票が入った水谷さんは「作品が中途半端だったかなと思いました。万人が良いという作品を目標にしているのではないので、ふり幅を大きくしていきたいです」と自分の方向性を再認識する。橘内さんは「プレゼンテーションにはノープランで臨みましたが、思ったことはしゃべることができました。今の力は100%出し切ったと思います。疲れました」と肩の荷が下りた様子。長さんは「『ひとつぼ展』に参加できたこと自体、うれしかったです。これからどんな作品を作っていきたいかを考えるきっかけになりました」と前を向く。宮崎さんは「おもしろかったです。今回はこの作品が精一杯でした。すべて表現しました」と悔しそうな表情。そして、最後にグランプリを獲得した香本さんは「入選したこと自体が驚きだったので、まさかグランプリまで……とびっくりしています。まさか、とは言いつつも、出展に際しては身を削る思いで作品を作ったので、それを評価してもらえてとてもうれしいですね。個展ではみなさんの想像を超えることができるようがんばります」と淡々と語ってくれた。この無欲で淡々と語る姿と新しい編み物作品の世界観とのギャップが彼の魅力でもある。どこまでギャップのあるものができるのか、一年後が楽しみ。
<文中一部敬称略 取材・文/田尻英二>