第25回 グラフィックアート『ひとつぼ展』審査会レポート
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第25回グラフィックアート『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
自分にもよく説明できないが描いた絵ならある
膨大な数の作品が本人に代わって語りかけた
■日時 2005年8月25日(木)18:00〜20:40
■会場 リクルートG7ビル B1セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2005年8月22日(月)〜9月8日(木)
●「絵日記のような私的な作品」「ポートフォリオと違うものが多い」
台風が接近する大荒れの天候の中、第25回グラフィックアート『ひとつぼ展』公開二次審査会は始まった。何かが起こる前触れのような外の天気とは裏腹に、多数の一般見学者が息を飲んで見守る厳粛なムードに包まれた審査会場。このあと2時間ちょっとでグランプリが決まるという独特の雰囲気に顔を紅潮させる出品者。一年後の個展開催の権利を勝ち取るべく、それぞれに緊張した面持ちの出品者10名が順に自身の作品について説明を行った。プレゼンテーションの概略は以下の通り。
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赤佐
昨年からの自分のテーマが、自分だけの星を自分で見つけたいということ。その延長として、今回の展示では作品に存在感を出したいと思い、大きなスノコに絵を描き奥行きのある展示にした。正直なところを言えば、大きなものを描くとか、スノコに描くとか、初めてチャレンジすることばかりで、今回はあまり自分の力を出し切れなかった。
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かなざわ
小さな子供をモチーフにしてこのテーマで作品を描こうと思ったきっかけは、保育士のアルバイト中の出来事が大きい。子供たちがかくれんぼをするのを見て、これを自分なりの表現で描きたいと思った。線、色、余白を意識しながら、一枚一枚を大切に描いた。個展プランは、もっと大きな場所で子供たち(絵)を遊ばせてやりたい。
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遠藤
人がなぜモノに価値を与えることができるのか? そんな意味を込めて、例えば何もない荒野に人が頭の中で作り出したシーンを加えることで価値を見い出せる世界を作った。この作品はペーパーエッチングという技法で紙素材の表情の面白さを引き出した。個展プランは、1つの絵に1つのストーリーをもたせて数多くの絵を展示したい。
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木村
自分のリアルな部分に触れてもらいたくて、思うままに自分の中にあるありのままを描いた作品。自分の純度の高いものを追求したいというのがテーマになっている。結果として混沌としたものになったが、きっと何かしら人に訴えかける力があると思う。個展プランは、ペインティングとドローイングで構成したものを出したい。
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玉置
僕はいつも面白いと思うものを書き留めている。この作品は日常生活にあふれている何でもないものを、視点をズラして4コマ漫画風に作った。たとえアートに興味のない人でも、この作品を見てくれれば楽しくなってしまうものをめざした。個展プランは、4コマにはこだわらずに自分が面白いと思うものを多数展示したい。
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大串
現実の世界は悲しいことがたくさんあるので、せめて絵の世界では楽しくあってほしい。そんな思いから出来た作品。僕の絵の中に登場する人たちは、すごく真剣だけど、どこか笑えるキャラクター。細かいところも見て笑い飛ばしてもらえれば、うれしい。個展プランでは、作品のひとつである寿荘の住人たちを描いて展示したい。
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秋山
人を観察して自分なりの解釈で絵にしたものを、9枚の正方形のポスターに置き換えて出力した作品。「人」とは日本人に限らず世界の人のこと。自分のオリジナルなストーリーを持たせたくて切り貼りしてコラージュしている。一年後の個展プランは、アート性とメッセージ性の両方を出せるような展示にしたいと思っている。
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齊藤
作品の説明については自分にもよくわからない。なぜ描くのかもわからないが、私は毎日1枚以上は描いている。今まで描きためたものを持ってきたので見てください。うーん、自分の良いところは、あまり考えないところだと思う。とにかく、自分の作品に対する意見が聞きたくて応募した。
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高野
もともとのテーマは、動物虐待。それを調べていくうちに、動物園の動物はちょっと変だと言っている人がいた。そして、その変な動物のイメージを絵にしたいと思った。写真をスキャンしてコンピュータでエフェクトをかけている。それをできるだけ忠実に油絵で表現した。個展は、絵と立体とをいろんなパターンで展示してみたい。
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矢野
自分でカッコイイと思ったものを絵にしている。文字のものも、絵も、自分なりに同じ考え方で作ったカッコイイもの。例えば、ジャズやロックやブルースなどの昔のレコードジャケットにインスパイアされているものもある。もっといろんな刺激を受けて、自分を変化させていきたい。一年後、今とはまったく違う自分を出したい。
出品者のプレゼンテーションが終わって、審査員一人ひとりが全体的な感想を語る。まず、青葉さんが開口一番「なんだか絵日記のような私的な作品が多いな。他人に見せるという目的が希薄なんじゃないのかな。描く行為と、発表するということを、よく考えてほしい」と言えば、続いてタナカさんが「確かに展示は感心しなかった。でも、力のある作品もあったので、そこを重視して選んでいきたい」との感想。次に若尾さんが「今回は全部、平面で立体がなかった。それと、ポートフォリオと出展されたもののイメージが違ったものが多かった。これは毎回だけど、特に強く感じた」。そして今回は、第5回『ひとつぼ展』でグランプリを受賞した檜山さんが審査員として初参加。「今回はじめての審査員ですが、若い人たちのパワーを感じて自分自身が勉強させてもらった。ひとつ思ったのは、プレゼンテーションの声がみんな、ささやかだなあと言うこと」と初審査の感想を述べる。最後に大迫さんが「全体的に作品の力を感じた。それでは一人ひとりについて意見交換をしましょう」と進行する。
●「このまま行ってください、という感じ」「ただ、『ひとつぼ展』としてどうか」
最初に赤佐さんについて。「スノコに描いて自分のよさを消してしまったのが残念」と青葉さんが言えば、若尾さんも「本人が納得していないということだったが、自分で再チャレンジするべきだったのでは」との意見。タナカさんは「この人のよさは、少しレトロな線で描くタッチ。大きなものに描いたのが初めてだったので、そのよさがなくなったと思うが、今後もチャレン
ジしていってほしい」と言い、大迫さんが「自分の持ち味がこの大きさでも再現されればよかったかも」との意見。
次に、かなざわさんの作品について。若尾さんが「かくれんぼというタイトルの絵だが、もっと新鮮な発想で描けていればよかった」と、やや物足りない様子を見せると、「かくれんぼ自体がヘタだね。人が絵を見て楽しむということが考えられていない」と青葉さんが続く。タナカさんも「ポートフォリオのほうがよかった。今回の展示では驚きがなかった。ある意味で安心で
きる絵だけど、もっと視点を変えた大胆な発想もほしい」と注文をつける。檜山さんは「いい意味でも悪い意味でも、絵と本人とのギャップがないと思った」と言えば、大迫さんが「自分をしばりすぎているのかな。もっと好きなように自分勝手に描いたほうがいい」と言及。
遠藤さんの作品について。若尾さんが「原画をきっちり見せるべき。展示方法を考えたほうがよかった」と言い、大迫さんも「額やガラスが距離を作っていたね」と同意見。一方、「展示方法はいいと思った。ペーパーエッチングという技法が強く出過ぎているのでは。絵をめざしているのか? デザインをめざしているのか?」と青葉さん。「自分の世界観を決めて突き進んで
ほしい」とタナカさん。
木村さんの作品について。タナカさんが「この人のよさは描きながら変わっていくことだと思う。そのへんがポートフォリオで見たときよりも、なくなっていた」と残念がると、若尾さんも「非常に散漫な絵になってしまった。もっと不思議で、彼自身の本質的な作品を見たかった」と同じような印象。青葉さんも「混沌ではなく、堂々巡りの絵になっている。人に見せてはいけな
いもの」とかなり手厳しい意見。檜山さんは「よいところを言えば、センスのいい人。感覚派だと思う」と別の見方をする。
玉置さんの作品について。タナカさんが「日常の視点を変えるというバカバカしさはよく出ていた。ただ、クオリティがゆるかった。もっとクオリティを上げてやればもっと面白くなったと思う」と好印象。すかさず、青葉さんが「大賛成。それぞれの質を高めていってほしい」と言えば、「アーティストというよりアートディレクションをめざす人かな」と大迫さんが言い、「プ
ランナータイプなのかも」と檜山さん。
大串さんの作品について。「絵はすごい魅力的だと思う。しかし、暇つぶしというタイトルのわりには、パターン化されたモチーフだった。もっとアイデアを広げてみたらいいと思う」とタナカさん。「この中では寿荘が一番いいね。見る人を想像させている。全部に答えを出す必要はない」と若尾さん。「絵はチャーミング。ただ、家とコンビニとの往復の中で完結している」と檜山さん。「ウケたいという思いは下品になる。下ネタはダメ」と青葉さんが厳しいコメント。
秋山さんの作品について。大迫さんが「ポスターにした時の出力の精度の悪さが気になった」と言えば、タナカさんが「ポスター=カジュアルという考え方が間違っている。もっと絵を大事にしたほうがいい」と言及。さらに大迫さんが「絵そのものはどうなんだろうか?」と疑問を投げかけると、「彼女にしかないものがまだ見つかっていないのかな」と若尾さん。「テクニッ
ク的にも手を抜いている。日本人離れした感性があるのにもったいない」と青葉さんが率直に述べる。
齊藤さんの作品について。タナカさんが「驚いた。このまま行ってください、という感じ。絵を描くのに大切なものを持っている。しいて言えば絵にもっと自分のイメージを込めてもいいと思う」と評価。檜山さんは「すごくシンプルでいい絵だと思う。ただ、『ひとつぼ展』としてどうか」と選定基準に触れると、若尾さんが「彼女の絵のよさを感じている。なんとかアピールで
きる場を与えてやりたい」と作品で選ぶことを強調。
高野さんの作品について。「写真をそのまま描くより、手で描くことによる変形はあってもいいと思う」とタナカさん。若尾さんが「絵の印象は?」と問うと、青葉さんが「どういうふうに見られたいのかが伝わってこない」と言い、タナカさんが「可能性はある絵なので、単なるコンピュータ処理で終わってはつまらない」と印象を語る。
矢野さんの作品について。「ある種の瞬発力がある。描いている文字が新鮮だった。」とタナカさん。「勢いは感じた。もう少し大事に作ったほうがいい」と青葉さん。大迫さんは「ポートフォリオで彼を評価した部分とは違うものが出てきたなという感じ」と困惑の表情。
●「プレゼンが悪かった。展示が悪かった」「得体の知れないものを見てみたい」
出品者10人に対する意見交換が終わり、いよいよ各審査員がそれぞれのベスト3を選んでグランプリ候補をしぼり込むことに。その前に、青葉さんが「今回はみんなプレゼンが悪かったし、展示も悪かった」と言えば、タナカさんが「何を基準に選ぶかということですね」と言うと、若尾さんが「審査員によっていろんな基準があっていいと思う。その結果、選ばれるということがグランプリなんだと認識している」と言い、大迫さんが「『ひとつぼ展』に応募してくる時点で、みんなグランプリをめざしている。ポートフォリオを含む作品と展示とプレゼンテーションを基に選びたい」と審査基準を明確化する。そこで、一同かなり悩んだ末に3人を選び、発表。結果は、
青葉 /玉置 齊藤 矢野
タナカ/遠藤 玉置 齊藤
檜山 /大串 齊藤 矢野
若尾 /遠藤 玉置 齊藤
大迫 /かなざわ 遠藤 齊藤
これを集計すると、
齊藤/5票(満票) 遠藤/3票 玉置/3票 矢野/2票 かなざわ/1票 大串/1票
この結果を見て大迫さんが「齊藤さんが満票を獲得したわけですが、みなさんどうですか?」と議論の是非を問うと、各審査員が「それは、しょうがないね」という一方で檜山さんが「私は齊藤さんの作品は認めて1票を入れたが、とりあえず議論の壇上に上げたいと思った」と問題提起。そこで大迫さんが「齊藤さんの作品はグラフィックアートとしてどうなのか?」と審査の本質に立ち返る。それを受けてタナカさんが「グラフィックとはこうだ、アートとはこうだ、という既成概念を作らないほうが可能性が広がるのでは」と発言。「なにか新しい得体の知れないものを見てみたいね。びっくりするような作品に出会いたいね」とは若尾さん。続いて青葉さんが「齊藤さんが1年後の個展の会期中毎日ギャラリーで絵を描くというのを条件にグランプリにしたらどうだろう」と言って審査員全員から笑みがこぼれ、みんな納得する。「では、第25回グラフィックアート『ひとつぼ展』は齊藤彩さんに決定しました」と、大迫さんが高らかに宣言。グランプリ受賞の齊藤さんが「ありがとうございました。うれしかったです」とまだ緊張した表情そのままであいさつして公開審査会は終了した。
●「誰にこの受賞を伝えたいか? 自分に!」
審査会が終了した直後にグランプリを獲得した齊藤さんにインタビューした。「審査員の方々のコメントがとても勉強になりました。一年後の個展は今のままに夢中でがんばってみたいです。誰にこの受賞を伝えたいか?うーん、自分に!」と、作品の印象とは裏腹にたどたどしく答えてくれた。出品者全員の声を紹介すると、赤佐さんは「公募展への出展は初めてだったが応募してよかった。いろんなコメントを聞けて貴重な体験になった。反省点もたくさん見えた」と満足そうな表情。かなざわさんは「厳しいことも言われたが、いろんな意見が聞けてよかった。今後の方向性がいま見えてきました」と何かをつかんだ様子。遠藤さんは「このコンペに参加できてよかった。作品には満足しています。プレゼンは緊張したけど思ったことが言えました。このまま作品を描いていきます」と迷いがない。木村さんは「グランプリ作品は予想通りだった。これからもがんばって描いていきたい」とサバサバした表情。玉置さんは「思っていたことはできました。いろいろと考え直すところはありますが、また新しいことにもチャレンジしたい」と新たな挑戦意欲も湧いたよう。大串さんは「楽しかった。いろんな勉強になりました。作品には満足しているので、今の方向で今後もがんばっていきたい」と相変わらず飄々としている。秋山さんは「絵自体よりもプレゼ
ンや展示をしっかりしたい。メディアの選び方や見せ方などのスキルもつけたいですね。もちろん、絵は描き続けます」と一点を見つめて話してくれた。高野さんは「楽しかったです。いろんなリアルな声を聞けてよかった。今後もこのシリーズを磨いていきたい」と明るい表情。矢野さんは「展示した作品には満足している。審査員の方々のいろんな意見が聞けて、いい勉強になりました。グランプリ作品は、好きです」と悔しさ半分、安堵半分に話す。結果的には満票を集めるという大旋風を巻き起こした、グランプリの齊藤さん。審査後のコメントがあまりにも静かで、台風一過のイメージを連想させた。一年後の個展では、どのくらい勢力を拡大させてこのギャラリーに再上陸するのか、怖くも楽しみでもある。
<文中一部敬称略 取材・文/田尻英二>