第22回 グラフィックアート『ひとつぼ展』審査会レポート
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第22回グラフィックアート『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
「本」を素材にした完成された魅力のある作品
審査員の満票を得て見事グランプリ受賞
■日時 2004年2月19日(木)18:10〜20:30
■会場 リクルートG7ビル B1セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2004年2月16日(月)〜3月11日(木)
●緊張のプレゼンテーション
大勢の観客が見守る中、第22回グラフィックアート『ひとつぼ展』の公開二次審査会が始まった。まずは、展示作品がスクリーンに映しだされるとともに、出品者による2分間のプレゼンテーションが始まった。プレゼンテーションの要旨は以下の通り。
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ふじめ
元々私は、小さいぺらぺらの紙でないと上手く描けないので、それでも額縁で飾れば立派に見えるかと思い、額と絵をコピーで出して展示した。個展では、ヨーロッパの美術館みたいな豪華めの展示と分厚い本を作ろうと思っている。
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原田
人工的に作られた広いシンプルな空間はとても美しいと思う。だから直線を使った室内画を描くことにしたが、直線を少しゆがませたり遠近法を微妙に崩してみた。それは、完全なものよりも見る人の想像力が膨らむと思ったから。美しさと面白さのバランスを意識するのが大事だと思っている。
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藤岡
鉄を使って「メタル・スカラプチュア・キット」を作っている。「何かを作るための材料である」という性質と、「作品として完成されている」という2つの性質をもつ作品を作ってみようと考えた。個展はこれを並べるだけだと自分の中で新鮮味がないので、なるべくこれだけではやりたくない。
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矢野
作品に特にメッセージはなく、自分の好きなものを描いている。移民とかジプシーみたいに、つねにさまよって変化していたい。将来は音楽と写真と絵が好きなので、それで食べていければいい。
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樋口
たまに思い出す事柄や些細な事ではあるが人の気持ちとしては大切ではないかという気分を描きたい。子供であるがゆえに感じたはがゆさとかを、今も変わらない素直な気持ちで描けたらいい。個展ではタブローを中心に展示したいと思っている。
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本濃
段ボールを折り曲げたり丸めたりして、動物や人間の人形を作っている。動物の形とか動きは人間とは程遠かったり、逆にしぐさが似ていたりするのが見ていて面白い。これからもそういう単純な感激を作品にしたい。
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ASADA
個人的な悩み事に捕らわれて引きこもりがちになっている時も、世間は日々ニュースがあり、夢か現実か分からないゲームの中に自分がいるように思えた。それならばいっそ自分の悩みを解決するために、登場人物の一人になりきって戦うことが早いのではないかと思い、「自分戦隊ASADA」として表現した。
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栗原
タイトルはギリシャ語で「美しい秩序」を意味する。今回は秩序ある世界の中に存在する美しさを意識して、例えば、花をモチーフにした作品では、花の本質的な魅力は秩序正しい四季の移り変わりが根底にあって、それを意味する言葉と併せることでより絵の本質的な魅力が表現できると思い制作した。
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高松
元々写真をやっていて、イラストは始めて1年くらい。いろいろなものに興味があって、それを自分の中で整理していったものが今回のイラストレーションになった。個展では、エロティックなものを排除して出来るだけ洗練した感じでやっていきたい。
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飯田
本は目の前にあると開くという行為が発生するが、その行動を起こさせないことで新しい情報に作り変えることが出来るのではないかと考え、本のページを一枚毎にカッターで刻むことで情報を組み変えることをした。タイトルの「目に見える,見えない」とは「この本が本来持っていた情報が見えないということが見える」という意味。
●「ファイルに比べて、展示で失敗した人が多い」
緊張のプレゼンテーションが終わり、審査員による審議に移る。「今回の一次審査では得点が上位の方ではなく色々入れ替わって、この出品者が選ばれた。というのも、上位の方でも『前に見たことあるな』と思えたのが多かったから。プレゼンを終えた今でもおそらく審査員の意見もばらばらなのでは」と大迫さん。それぞれの審査員の全体の感想は、「普段広告の分野にいるが、本当は美術大学出身として眠っていた本能を呼び起こして聞いていた。自分にはないものを持っている人に魅かれるので、ある意味今回の出品者たちにジェラシーを感じて刺激を受けた」と米村さん。ヒロさんは「一次審査でのファイルでは、過去の作品は面白いけど出品作品はいまいちという見せ方で失敗している人が結構いて、その辺をどう読み取ればいいかが課題だった。作家の将来の可能性もふまえてグランプリを選びたいと思う」。渡邉さんは、「ファイルで見た印象に比べ展示で失敗した人が結構いて、そこが残念」。佐藤さんは、「前回審査した時はいち押しと感じた人がいたが、今回はいない。審議の中で考えていこうと思います」。そして、各作品への講評に移る。
まずは、ふじめさんの作品に対して、「額縁に焦点を置いたのは面白いけど、中に入っている絵で勝負しないと一枚一枚の絵が目に入ってこない」とヒロさんが口火を切ると、「額縁の問題は作家が成長する過程でひとつのテーマになる時期があって、彼女は今その時期なんだと思う。彼女の場合は、額縁に一種のアイロニーがあって絵のテイストにあっているので信用できる」と佐藤さん。渡邉さんは「ファイルで見た時に比べ絵が見えてこないのと、全てがコピーというのが平面的になっていて弱さを感じた」とコピーについて言及。それについて佐藤さんが「彼女はこのペラペラな所が気に入ってて、素人っぽい所にとどまろうとしているんですよ。すごい微妙な難しい問題」と述べた。続いて原田さん。「ファイルで見た時にこれは模型なのか描い
ているのかと議論になったけど、展示を見たらそういう感じがまったくなかったのが残念」とヒロさんが言うと、「コピーの感じがとても硬質に見せてたんでしょうね」と大迫さんも同意見。「窓から山が見える作品があるが、絵を描いている位置から見た山ではなくて、窓の正面から見た山の景色が描いてあった。これは彼の言っていたパースぺクトのずれということに合致するけど、実は本人も気づかずにだまされている。意図的な部分を自覚して使い分けられるようになればいいけど、まだそこまでは至っていない」と佐藤さん。続いて、藤岡さん。「難しいのは本人がこのシリーズは終わったと考えているところで、これから何が出てくるのか分からないということですね」と大迫さん。作品を収めていた木の箱について、ヒロさんは「鉄の作品だけ飾ってあると彫刻に見えるのに、箱がつくことでレリーフみたいな平面作品に見えてしまう」。佐藤さんも「風通しのよい造形物ということに魅力があったのに、この箱で損してる」と審査員は否定的。渡邉さんは「私にはこれがモデルキットとは見えず単なるオブジェに見え、意図が伝わらなかった。逆に、例えばベンツのキットとか想像できるものであれば面白かったのかなと思った」と述べた。次に矢野さんの作品に対して、大迫さんが「ファイルでいいと思った作品と、実際に選ばれて展示した作品にギャップがあった」それについて佐藤さんが「絵を描くというセンスにおいては輝かしいものがあるんだけど、現実世界との関係のセンスということが壊れてるんだと思う」と言うと、米村さんは「力を引きだすのはアートディレクターの仕事だから、原石として魅力があればいいんじゃないかと思う。ファイルの中にはダイヤモンドが沢山あった」とアートディレクターの視点から意見。逆にヒロさんはアーティストの立場から、「やっぱり作家として一人立ちするためには自分に何が求められてるかとか、世間とのつながりが重要になってくると思う」と言及した。続いて、樋口さんの作品について。渡邉さんが「センスも才能もあるけど、新しさを探す工夫をしてほしいと思った」と感想を述べると、佐藤さんは「このコンペには向いてないんだよね(笑)。絵はすごく上手くて、こういった絵の良さは美術の歴史の中では確立されているんだけど、需要がないんです。本の装幀とかしたらいいのでは」。米村さんは、「描く技術は不変のものかもしれないけど、モチーフについて今って何だろうと考えながら、現代を描ければいいと思う」と述べる。次に本濃さん。「好きだから作っているという気持ち良さが作品から伝わってきた」と渡邉さん。米村さんも「ファイルの方が良かった作品が多い中で、この人は逆に本物を見られて良かったなぁと思った」と好感を抱く。佐藤さんは「比類ないのびやかさはありますね。でも、やっぱり芸術はもう少し難しいものがあるので、その点でどうかな」。そして、ヒロさんは「作品自体にはキャラクターっぽさを強く感じた。もっと動物の持つ野性味や動きが表現出来れば甘さが消えていくのかな」それについて佐藤さんが「なぜ作るか、誰のためにするのかということをもっと考えることが必要。野生動物のためか、ペットのためなのか、どっちの視点に立っているのか決めるともっとアートになってくるんじゃないかと思う」と提案。続いてASADAさん。渡邉さんが「こういう場所に出してくるということはメッセージがあるんだろうけど、人柄を知らなければ伝わってこないと感じた」と言うと、ヒロさんは「展示は一番パワーがあった。私は彼女は何も伝えたくないのではと感じていて、それでいいという気がしています」。逆に佐藤さんは「これは本人のための作品であって『戦い』を記録したもの。みんなで鑑賞するものではないと思う」対して大迫さんが「私は全く逆で、描写に力があって絵も面白いし、ヘルメットなどの小物にも可笑しい発想と技術が伴っていて、評価出来るのではないかと思いましたが」と反論。再度佐藤さんが「私はマジックで描いたみたいな線が絵ではないと感じたんです」と言うと、ヒロさんが「落書きとも言えますが、その軽さが面白いと思う」とまた意見が食い違う。続いて栗原さん。「ファイルから緻密な仕事をイメージしていたら、実物はのほほんとした空気感が漂っていた」と大迫さん。ヒロさんが「どうしても文字が入っていることがひっかかる。文字の入れた場所がおしゃれな広告みたいに入っていて、安易さが目についたのかなとも思う」と続く。渡邉さんも「気持ちのいい作品とは思ったが、私もやはり文字のこと。この英語の意味と絵の関係がいい具合に伝わってこないところが残念」と文字の使い方について言及。米村さんは、「プレゼンを聞いて、文字のあるなしはどうでもいいくらいの、頭の中ではもっといいものが出来ているんじゃないかと思った。まだ頭の中の宇宙が表現しきれてないのでは」と述べた。続いて高松さん。「絵を始めて一年くらいの面白さで残ったのかなと思った。こういう感覚で絵を描いている人はたくさんいるけれど、その中でなぜ残ったのかなと考えてます」とヒロさん。「正直者で何も嘘もない大型新人かな、と。これで賞をあげるかはわからないけど、好感は持った」と佐藤さん。渡邉さんは「今回高松さんと、ふじめさんと矢野さんの展示が運悪く同じようになってしまい、絵が入れ替わっても気づかないかもしれないと思った。3人ともセンスは持っているが、それだけで描いてしまっている印象」と厳しい。「もしかしたら展示に向かない絵なのかもしれないし、こういう絵こそ見てあげなければいけないのかもしれない」と米村さんがまとめた。最後は飯田さん。ヒロさんは「今回の出品者の中で一番優等生な印象。それがいいという訳ではなく、私は逆にマイナスな気がする。たくさん展示してあるけど、それによってコンセプトが薄くなったかな」。対して大迫さんが「僕は逆に、このボリュームがあってエネルギーの蓄積を感じるんですけどね」と反論。渡邉さんも「切り口の動きによって詩的な何かを感じようとか読み取る気持ちになった。いくつかあった方がいいと思う」。「切り口のウェーブはある種の情念を感じる。作り込んだ感じがするので、もっと偶発的な感じがあると良かったのかな」と佐藤さん。「本を使っていながら内容や筆者は考慮せずに、モノとして捕らえている感じが寂しい」とヒロさんが付け足す。「今回の出品者は未完成な部分に魅かれる人が多い中で、飯田さんだけ完成された魅力を感じる」と最後に米村さんが感想をあげて、審議は投票に移る。審査員がグランプリにふさわしいと思う人を3人ずつ選ぶ。
佐藤/飯田 高松 藤岡 (ふじめ 樋口)
ヒロ/飯田 高松 ASADA (ふじめ 原田 本濃)
米村/飯田 高松 藤岡 (原田 矢野 ASADA)
渡邉/飯田
大迫/飯田 本濃 ASADA (樋口 藤岡)
*( )内は次点
集計すると、飯田/ 5票 高松/ 3票 ASADA/ 2票 藤岡/ 2票 本濃/ 1票
渡邉さんはグランプリとしてふさわしいのは一人だけしか選べなかった。「飯田さんが満票になったのですが、議論します? 余地がないですね」と大迫さんが言うと、「僕は高松さんか飯田さんだったらいいです」と米村さん。他にも反対意見は挙がらない。「じゃあ、今日は議論の余地はないですね。では、第22回のグランプリは飯田竜太さんに決定」と大迫さんがまとめると会場に拍手が起こった。「自分を信じてやってきて良かったと思います。続けてきたこの作品は、自分が問題視出来ることが多かったからやってきました。ありがとうございました」と飯田さんが受賞の挨拶。
「運が良かったからグランプリになれた」
審査会終了後、出品者に感想を聞いた。原田さんは「かなり緊張して疲れた。人がいない方がいいと言われたが、これでやめるのではなくもっと上手く描く方法を考えたい」と言葉を選びながら語ってくれた。同様に手法を変えるつもりはないと語ったのはふじめさん。「原画がひどいと言われたことがあるので、あくまでもカラーコピーの質感にこだわりたい。プレゼンはセリフを考えてきたのに、とても緊張した」とはにかみながら答えてくれた。矢野さんは「自分勝手に作品を作ってきたので、何か評価されたいと思って応募した。今日言われたことは、取り入れるものと変えないものがあります」とプレゼン同様きっぱり答えた。藤岡さんは「自分の活躍の場はファインアートではないと思っていたのでこのコンペに応募した。今回、自分はどこで活かされるのか薄々わかった気がする。審査員からズバズバ言ってもらえて良かった」と淡々と語ってくれた。同じくすっきりした様子の栗原さん。「自分でもどこか違うかなと思っていたから、言われたことがすごく的確だった。『ひとつぼ展』への出品は2回目だが前回と同じだとそれしか作れなくなってしまうと思い、違う作品を作るようにしていた。ただ、本質的にもっと考えて作らなくてはいけないんじゃないかと気づいた」。樋口さんも「酷評をいただいたが的を得ていたので勉強になった。自分のスタイルに固執していると指摘されたことが、自分でも感じていたことなのでやっぱりと思った」と納得した様子でうなづきながら語った。制作姿勢に好感が持てると言われた本濃さんは「実は審査員の講評は、それどころじゃなく緊張していたので……よく聞き取れなかった。でも本当に楽しく制作しています。展示できる機会は少ないので、ここで飾れて良かった」と言った後「これ、いい人そうなコメントですか?」と照れながら付け足した。唯一悔しさを声にしたのはASADAさん。「やるからにはグランプリだと思っていたので、悔しい。とにかく私の作品は現代社会と関わっていないと存在しないので、近所の人に見せるレベルでもやり続けたい。まだまだ精進します!」とプレゼン同様、テンション高く答えた。グランプリに一歩届かなかった高松さんは「3票もいただいて認められたのかなと思って嬉しい。展示したのも初めてでしたが、展示向きではないと言われたのには納得した」と結果には満足そう。そして、グランプリの飯田さん。「自分のコンセプトで穴だと思っていたところをやっぱり指摘された。今はまだ問題意識が見えないから解決できてなかったけど、これから直していけそうです。グランプリに決まったのもたまたま運が良かっただけだと思うし、まだグランプリじゃないと思っている。でも、来年の個展は思いきりやりますよ」と、冷静に受けとめながらも個展に向けての意気込みを語った。作風や手法も様々な10名が集まった今回の『ひとつぼ展』。その中から満票の支持を得てグランプリを獲得した飯田さんの1年後の個展に期待したい。
<文中一部敬称略 取材・文/ガーディアン・ガーデン>