2025/4/30
今日は水曜日
まだ朝は少し肌寒い
今日の一枚
https://gyazo.com/5742dd11280ea387c0b38171e488e3de
このCosenseには現在7300近いページが存在するが、それが存在するという風には感じられない。
「持っている」という所有感がない
重さがない
人は見たもので認識を構成する。Cosenseを使っているときに、ページ全体のリストが目に入ることはない。たいていは、トッページの短いスクロール、リンク、サジェスト、検索、といったもので必要な情報にアクセスできる。「全体」にアクセスする必要がない。全体を目にしない。全体が認識で構造されない。だからどれだけページが増えても重さが感じられない。
知的生産に必要なツールセット(tool-kits)
概念、パターン、用語をとりまとめたもの(ナレッジベース)
主張を展開していくもの(?)
概念や主張の手前の思いつき(?)
インスピレーションを与えてくれる外部情報の書き留め(?)
着想→文章のかけら→完成した文章を扱うもの(?)
きょうはセルフマネジメントと情報整理の関係性を考えてみます。毎日書いているので、小分けでやってみましょう。
「毎日書いている」という行為・習慣、その認識が、小分けで進めてみようというアイデア・発想を促している
かなり重要ポイントなのでは?
何かを小分けで進めていこうと思えるためには、明日以降の自分がその行為を乗せるための習慣を持っていることが予想できなければならない。
毎月決まった給料がもらえる人の購買活動と、私のように不定期に印税でまとまった金額が入ってくる人の購買活動は違うのではないか、という点が補助線になりそう。
下手な者ほど、道具にこだわり注文をつけるということ。腕の悪いものは、準備を大げさにすることのたとえ。
しかし「しずかなインターネット」や紙の日記で書くことと、Cosenseで、特に公開プロジェクトとしてのCosenseで日々を記録すること、日々のページを作ることは恐らく違います。
それは相手がいるかどうかではないでしょうか。
前者は自分との対話であり、後者は自分との対話でありつつ、ある意味で他者との対話です。例えば、他の人が書いたものを読んで、それをもとに自分も書いてみるという形。SNSのようにずっとつながっているわけではないけれど、ごく緩やかにつながっている、互いに影響を与えているというのが面白いですし、ある意味で他者と対話していると言えるのではないでしょうか。
他からまったく独立した「生産性が高い人間になりたい」という目標は達成されうるか。
極力日ごとノート、月ごとノートの運用に手間がかからないようにする。その代わり、ページの切り出しや位置づけに注力できるようにする。
なんといっても、発想工房なのだから。
生活の記録的なものは、Textboxに重心を置く。