2025/3/30
メールというのはやはり、その名のとおり「手紙」のメタファーで捉えるべきものなのだと思う。そのように扱って便利なようにできている。
メールとチャット、あるいはDMとの違い
インスタントメッセージ、という言い方があった。
そこで結局おちついたのが、3x5インチの情報カード、コクヨのシカ30にその場その場のメモをとり、ある程度蓄積したところでそれを一気に LogSeq のなかに反映するというフローでした。
Logseqは便利だが読みながらのメモはなんかちょっと違うということで、カードに書き、それをLogseqに後から反映という手順を取る。
生成AIで前に前に進む話がある一方、テクノロジー的に「ちょっと立ち戻ってみる」という話もポツポツ出てきている。
当たり前の前提として仕事に対するノウハウ・知見が多いと、知識労働の生産性は高まるはずだ。
知識労働の生産は何によって担保されるのか
知識労働(あるいは知識労働者)にとっての「生産様式/生産手段」(by マルクス)とは何か
この分析なくして「生産性」の測定は困難だろう。
一方で、現実は物的生産の"計算式"がそのまま使われている(メンタルモデルの移行が行われていない)
不具合が多くて当然だろう。
ここで肝心なのは、きちんと次の会社の価値観を意識して取り込むことだと思う。このときに前職の価値観を持ち込むと、たとえそれが論理的に正論だったとしても、転職後の職場で馴染めなくなってしまう。
こうした価値観の総体をひとまず「文化」と呼べば、異文化交流や異なる文化への移住といった場面での知見が役立つのではないか。
生活ロギングに加えると、絵日記っぽくなっていいね
絶対必要というわけではないが、一枚くらい画像が貼ってあると、トップページでの見栄えがよくなる
朝一番に更新されているページをチェックしてまわることが習慣になりつつある
あっ、これ公文式で見たやつだ、的感覚で、あっ、これ昔お気に入りのサイトをブックマークに入れて一つずつ見て回ったやつだ、的な感覚を覚えた
インターネットをやりなおしている感覚がある
インターネットをやりなおす
私もほんのり他の方の更新を楽しみにしている
この"ほんのり"感がいい感じ。適度な距離感がある。
今、タグをつけるために頭をひねったが、そのような「大項目」が並んでいるページを作っておくのはありだろう。
自分の・思考テーマの・インデックスページ
My thought topic index page
略してmy index とかでもいいが、 thought という言葉は入れておきたい気もする
topicを使わず、my thoughts (考え事)としてもいい
なんであれ、自分の考え事を書いたら、そのようなインデックスページに「登録」するようにする?
もちろん、マインドフルネスが人々の幸福に役立つのは間違いないし、その根拠もある。 しかし、マインドフルネスのコーチや関連するビデオ、アプリ、書籍が、マインドフルネスや瞑想についての潜在的な副作用について警告していないことは、ある意味問題である可能性もある。
『McMindfulness: How Mindfulness Became the New Capitalist Spirituality』という本があるらしい。
瞑想の悪影響に悩まされた人々からしばしば聞かされるのは、指導者が、「悪影響を受けた」ことを信じてくれないという話だ。 たいていの場合、「瞑想を継続すれば治る」と言われてしまう。
一昨日の読書会のメモを書き足した
これをどうするのか、というのが最近の問題意識(あるいはホットなテーマ/トピック)
テーマとトピックの違いは何か?
英語だとマターもあるか(でも、あんまり日本語的馴染みはないな)
Geminiさんに聞いてみよう
rashita.icon日本語でカタカナで用いられる「テーマ」と「トピック」という二つの言葉がありますが、似ている雰囲気がします。どのような意味で、どのような違いがあるのでしょうか。
「テーマ」と「トピック」は、どちらも日本語のカタカナ言葉として使われますが、意味合いや使われる文脈に違いがあります。
テーマ (theme)
意味:
全体を貫く主要な考えや概念。
芸術作品やイベントなどの中心となる主題。
より抽象的で広範囲な概念を指すことが多い。
例:
「今回のイベントのテーマは『環境保護』です。」
「この小説のテーマは『人間の孤独』だ。」
テーマパークのテーマなど。
トピック (topic)
意味:
話題や論点。
特定の議論や研究の対象。
より具体的で限定的な話題を指すことが多い。
例:
「今日の会議のトピックは、新製品の販売戦略です。」
「この論文のトピックは、人工知能の倫理的課題についてです。」
ニュースのトピックなど。
違いのまとめ
「テーマ」は、より抽象的で広範囲な概念を指し、全体を貫く主要な考えや概念を表します。
「トピック」は、より具体的で限定的な話題や論点を指し、特定の議論や研究の対象を表します。
つまり、「テーマ」の中に複数の「トピック」があるというような関係性であるといえます。
トピックのページがあるとして、それを集めたページは、トピックス・ページと呼ぶこともできるだろうし、テーマページと呼ぶこともできそう。
テーマパークならぬテーマページ
テーマページには、いくつものトピック(アトラクション)が並んでいる。
では、テーマページのさらに上のページはどうなるか?
読書会メモページとして切り出すことはできるが、内包されているそれぞれのメモの扱いが結局問題になる。
こういう"最前線"の疑問は、生成AIに答えてもらうことはできない
言い換えれば、「研究」は自分でやらないといけない。
答え合わせをしているのではない、という認識は大切。研究をしているのだ。
「思考」は頭の中で行われるので、他人に見せることができず、物まね(見様見まね)するのも難しいが、このような日々の思考メモを共有することは、いくぶんかは「頭の中のプロセス」を他の人に見せていることにつながっている気がする。
このメモをご覧頂くとわかるが、たとえばメルマガで1のことを書く背後に9くらいの思考・思索メモが存在している。
言い換えれば、いろいろ書いているメルマガの記事ですら上澄み液というかなんというかで、生の(raw)「思考のプロセス」とはかなり距離がある。
読みたい本が無限にあるにしても、そこから有限のリストを作っていかないといけない。
それが読書という営み
人間の営みすべてにいえることだけども。
未読の本がたくさんあるからといって、本を読んでばかりいたら生活が成り立たないのは自明
それと同じで、未処理のメモがたくさんあるからといって、その処理ばかりしていたら生活が成り立たないのは自明
とりこぼし、やり残しが生まれるのは生活における必然
その上で、どう考えるのか。
IFTTTをフリープランに戻すので、メルマガの自動投稿をなんとかしたい
まあ、もういいか、という感じ。
そこまでXへの投稿に情熱を感じなくなってきた
「毎日Aを書く」というようなものは、生活の構造化の一手段なのだろう。
それによってある種の安定(あるいは安定感)がもたらされる
Evernoteに大量にビールの写真があるのでそれを復権させるか……
考えたいことがいくつかある
日ごとページにいくつか書いてきたことでもある
それ(ら)をどう扱うのか
一旦散策して、それらを集めることをする?
生き方の困難
ロールモデルの不在
一度決めたものの変更不可能性
モードレスとオープンダイアログ
人間より賢いんじゃないだろうか。
間違いなくそうだとして、その「賢さ」とは何か?
倉下は本を集めるのが好き
本に限らず、コレクター気質である
本を集めること、本が一箇所に集まっていることではじめて可能な知の営みがある
だからといって、知の営みにおいてデカイ本棚が必要だ、という強い主張をするつもりはない
そんなことよりも、それぞれの本をどう読んでいくか、読んだ後に何を考え、何を話すのか、ということがはるかに重要。
上記のように、意識する媒体によって表現そのものが変わってくる
パジャマ意識や普段着意識の違いの一つの例
自分で使う用語を自分で定義する
ライブラリとしてのノウハウ
名前空間をきちんと閉じておく
プログラミングと違って、完全に閉じることはできないにせよ
連想は止められない
ふと気がついたが、公開Cosenseの場合、誰かが自分のページに言及していて、そのページを自分で開いたときに、修正したい部分があったらそのまま修正できる→閲覧と修正の距離が短い
わりと「読み返したときに、すぐに修正できる」は重要なポイントではないかと思う。
特に、カード的なものの運用の場合は。
Obsidianの場合自分が「公開しているページ」を読んで変更したくなったら、いったん自分のObsidianに移動する必要がある。その距離がひっかかる場合があるかもしれない。
すべてのWebの閲覧をObsidianでやっているならば問題ないわけだが。
一つのプロジェクトを「カード」的に扱うこと
主にはデジタルでの運用を意図しているが、アナログのカードであってもよい
そうした運用はどのようなものであり、またどんな効能があるだろうか
夕食は買ってきた惣菜でお茶濁し