2025/4/16
本日は水曜日
『思考の技法(ちくま学芸文庫)』を読む | discordに「読み方」を書いた
『精神の生態学へ (下) (岩波文庫 青N604-4)』を少し読み進めた
哲学の劇場225 哲劇のあいうえお 「ミステリー」の回を聴いた
SDガンダム ジージェネレーション エターナルをやりはじめた。
着想をアナログの情報カードに書くことについて
紙のカードで、自分の知識ライブラリを作り上げる、という発想はいったん却下しよう
その上で、カードを自分の知的生産システムに取り込むのであれば、どう効果的に使えるか、を考える。
Cosenseに構想を書いていくこと
https://gyazo.com/2331742540f982980753d7e65f404526
こういうのこそWorkFlowyが適している気がするが、どうにもうまくいかない。理由は何か?
たぶん行間の広さ・狭さだろう
/amayadori/2024-04-14
生成AIが作ったある文章にAさんが手を入れればAさんの文章になるだろうし、Bさんが手を入れればBさんの文章になるというのは本当にそうで(その手の入れ加減にももちろん依るけれど)、だからこそ個人的にはアイデアをあまり重要視しない。素晴らしいアイデアも手の入れ方で鈍るし、使い古されたアイデアであってもその人の視線が入ることで興味深いものになりうる。むしろアイデアだけが浮き上がっているように見えるのは悪手だと感じる。
手の入れ方に個性が宿る。手入れに個性が宿る。手に個性がある。手から個性が生まれる。手が個性を生む。
→身体のメタファー
手は何をしている?
/jinJIN/2025/4/15 | /kohtecho/250416
生活の中に哲学を持つこと。こだわりを持つこと。
『GUITAR KIDS RHAPSODY』
ゆずれないことをひとつ持つことが本当の自由さ 束縛されないことが 自由じゃない
ストア哲学との関係はどう位置づけられるか
自分なりの文化を立ち上げること(生活文化)
こだわりを持つことは、ご機嫌に生きることにどうつながるか
/jinJIN/2025/4/15
そのあたりまえの観念を捉え直す機会が生まれたことは、ささやかですが確かな変化の現れだと思います。
日本社会では学校を出たなら学ばないのが当たり前、というその「当たり前」を考え直すことができれば、何かしら人は学んでいく。少なくともその契機が得られる。
大きく「学校教育を改革せよ」という道筋以外にも、草の根で人々の学びが変わっていくようなルートがありえる、という話だ。
体時間、心時間、頭時間(💡)
最上位のバレットを見えなくした。
https://gyazo.com/22228f4c1895156dc3f56d59d866a777
こういうのはどんどん過激になっていく。ミニマリズムの沼。
その意味で、結局ミニマリズムもある欲求の追求という点では同じで、ベクトルが違うだけではないか
2025/04/15 ぬか床と副産物|やまけん
先日ブックカタリストで紹介されていた「庭の話」という本の定義によれば、「庭」とは「関与はできるが、支配はできない場」であるとのこと。その定義がまさしく「発酵」という現象にも当てはまるのではと、ぬか床から思いがけず繋がった。
「一手間加える」という言葉もあるように、その「一手間」が非常に重要であり、それが有るのと無いのとでは、漬物の味しかり、やはり結果は大きく変わってくるのだろう。
一手間加える→これも手だ。手仕事。
正直なところ、hogehogeなツールでPKM! みたいなことを書いている記事がことごく面白くないので、まあそういうのには近づかない方がいいかな、と受け取っている。
ひろ○きさんが帯にコメントを寄せている本は買いたい意欲がすごく下がる、というのと似ている。
他にもこういう(自分にとっての)逆インフルエンサな人が何人かいるがここでは挙げない
それ自体が悪いということではなく、自分の趣味嗜好に合わないという感じ
4月の月ごとノートが若干ごちゃごちゃしてきた。
もうちょっと切り分けたい。
@kurubushi_rm: なるほど。東さんは「AIとかの新技術」を「向こう岸」にあるものと見ているんだな。
私は、これまでやってきた読んだり書いたりすることと完全に「陸続き」だと感じてる。
人が書いたものを喰らってできたLLMなんか、人文知の勝利以外の何物でもない。そこで負けるのがヒトだとしても。
これについて後から考えること
UNIX & Linux コマンド・シェルスクリプト リファレンス | /hacks
GitHub - LIANGKE23/Awesome-Knowledge-Graph-Reasoning: AKGR: Awesome Knowledge Graph Reasoning is a collection of knowledge graph reasoning works, including papers, codes and datasets
GitHub - totogo/awesome-knowledge-graph: A curated list of Knowledge Graph related learning materials, databases, tools and other resources
@itacchiku: あー。これはなんとわかりやすいマイクロアグレッション。
このテーマを扱う場合、それぞれの属性が職場で抱える困りごとをサポートするという切り口で表現する事も可能だし、起こりうる問題事例だけを挙げて診断名を書かない表現も可能なはず。
@tanaka41111: これ、まずくない? 世に出していいの?
発達障害やメンタル疾患、更年期障害の人は「困った人」だって。
強者側の驕りがすごいね😅
「困った人」じゃなくて「困っている人」でしょ。
「尻拭い」じゃなくて「業務上の調整」でしょ。
出版社の人は誰も止めなかったの?
https://pbs.twimg.com/media/GokPRjIXgAE-9LX.jpg
仕事術のノウハウ本で「残念な人の特徴」とかいっているのもこれと同じノリだろう。
でもそれはそれとして「なんとわかりやすいマイクロアグレッション」という言い方も微妙な感じがする。
これは「マイクロアグレッション」だけでなくて、こうした文脈で用いられる言葉全般に感じる(キャンセルカルチャーとか、今は思いつかないが他にもいくつかある)
こういう言葉が悪いということではなく、短い投稿でぱぱっと使うのは違うんじゃないかなという感じ(上の投稿は連ツイだが、たいていの人は最初の投稿しか読まないので)
寒暖さがきつくて、生きてるだけでえらい! な状態になっている
https://gyazo.com/36c3968ec765ae0912d8ac3c18db4d48
カードをクリップで留めて、1冊でも倒れないブックスタンドに差す
もう少し大きいサイズでもいけそう→DockからDeckへ
オルドワン石器 - Wikipedia
本格的なZettelkastenの運用では、上のような単に気に止まったものを置いておくための場所がない
なんといっても、それは研究の手法なのだから
この「単に気に止まったもの」も、私の潜在意識がそれに注意を止めているという点で何かしらの意義を持っている
倉下の知的生産システムではそうしたものも包摂できることを望む
梅棹忠夫の京大式カードとニクラス・ルーマンのツェッテルカステン | 情報カード思考術
少なくとも、B6のカードは梅棹にとって「記録」するためよりも、まず「文章で書く」ことを促すツールであっただろう
その用途では、罫線あるいは方眼(ドット方眼)があった方がいい。
「書き留める」→保存という目的であれば、もっと小さいサイズのカードでも機能する。
PoICはどちらかというとそっちな気がする。
かなり恣意的に特徴を選んでいるとは思うが、その違いを起点に自分のカードの使い方を検討したい
ともあれ、普通に面白い記事だった。
二系等あるということだ(それが梅棹の考えと合致しているかどうかは別として)
一つは、自分の思想・考えを文章として発表することを意識して、それを短い論説単位で着実にカード化していくもの、あるいはそうしたカードで構成される概念体(共同体の概念版)。つまり「カード箱」そのものが一つの全体として機能しているもの。
もう一つは、自分が扱える知識のwikiと呼べるようなもの。たとえば、PoICとか梅棹のカード方とかGTDとか他の人が立てた概念や、デュラハンシステムのように自分が定立・定式化した概念の「辞書」のようなもの
https://gyazo.com/ad17e46bfb0e465407944a92b47e26e2
たとえばこういうカードは「考えを書き出したもの」ではない。つまり、これ単体が何かの論説の一部になるわけではない。
→とりあえずページを作る | アイデア・スパイラル・モデル
一方で、これを概念として何度も参照することはありえる。
そしてそれぞれの概念がネットワーク的関係を持っていることは十分にありえる。
論文執筆とEvergreen Notesの根本的な違いについて検討すること
「第二の脳」という概念の粗雑さは、私たちの脳がすでにそれ自身で閉じて動いているわけではなく、さまざまな環境を手がかりとして「思考」していることを完全に見落としている点にある。
『知ってるつもり――無知の科学』、『脳の外で考える――最新科学でわかった思考力を研ぎ澄ます技法』
練習において「質よりも量」といわれるのは、そもそも初期段階では質がわからないからだろう。もし質についての助言者がいるならば、むやみやたらな量を追求しなくてもいい。もちろん、数を重ねなくていいという話ではない。量の規模感の話。(💡)
@seidosha: 4月28日(月)発売予定の『修理する権利』の見本ができました。「壊れたら買い替え」へ消費者を駆り立て、わたしたちを修理から遠ざけているものはなにか——本邦初の本格的入門書です。
https://t.co/dw0kEwwJWJ
https://pbs.twimg.com/media/Gooydk5XgAAZpTN.jpg
Twitterのタイムラインは、それぞれが個別のURLを持っているという意味でLinklogであるし、またそれぞれのツイートの内容が外部リンクであることが多いので、二重のlinklogであるとも言える。
変転していく着想・思いつき・アイデアとどうつき合うのか(💡)
go to the next day:2025/4/17
#ロギング日報
#発想帳