2025/3/21
1. 気になっている本
『書くことのメディア史 AIは人間の言語能力に何をもたらすのか』
『モードレスデザイン 意味空間の創造』
2. 読書感想文問題
それは書くことと規範性を構成する一部になるだろう。
3. そもそも自分はロギング生活術をやっていたと言える
公開の度合いがこれまでと違うだけ
昨日のうちあわせCastに出てきた話と関係あり→あとでページをつくる
4. ツールセット考
Cosense+WorkFlowy+Obsidian/Textboxが、基本の(あるいは日常の)情報ツールとして落ち着いてきた
Heptabaseはとても将来性があるのだけども、自分の知的生産のフレーム(プロセス)と合致していない
Capactieisはとても使い勝手がよいのだけども、Textboxと役割がかぶる
Evernoteはとても機能が良くなってきているけども、全体的に操作がもたつく(ノート数が多いからからもしれない)
Notionはとても多機能だけども、そもそもそんなにたくさんのことをしたいわけではない
たとえばCosenseが何かしらの理由で使えなくなったら、日ごとのメモはWorkFlowyにするだろうし、それがだめならObsidianにするだろう。
運用の大きな方向が見えてきた、ということ。
基本デイリーにいろいろメモし、ほとんどはそこに残しておくけれども、一部を切り出すような使い方
あとCosenseにメモすることが増えると、Cosenseに以前書いていたものの利用頻度が上がる
WorkFlowyに「考え事」を置いているが、それらの項目を開く頻度があきらかに下がっている
「使う場所に情報を置け」という法則(セオリー)が言えそう。
そも、どうして一念発起したのかといえば、obsidianメモの振り返りがきっかけです。倉下忠憲さんのポッドキャスト「うちあわせCast 第百二十六回」で、Tak.さんが「アウトライナーはランダムな思考をリニアに変換するためのもの。」と話していたことを、当時メモしていたようです。
(最高の振り返りシステムSpaced Repetitionの恩恵なのですが、また話が逸れてしまうので、それについてはまた今度。)
7. 過ぎ去っていった日ごとページの扱いについて
「昨日のノートを整理/処理する」というやり方で、一回目の処理は担保されるが、それ以降の処理が行われるかは非常にあやふや
まず基本として、それでいいとわりきる。
すべてを手中に収めようとしない(ほどよく諦める)
その上で、たとえば「一ヶ月前のノート」や「一年前のノート」というトリガーはあるな、と気がつく
あるいは、Spaced Repetition のようなものを何かしらで構築する、という考えもあるが、それをやりたいかと言えば微妙かもしれないと考えて、Cosenseにはランダムノート機能があることを思い出す。
重みづけをしないランダムな閲覧
仮に「日ごとノートからランダムに一枚表示する」という機能があればどうか
普通にランダムだと料理のレシピとかも入ってくる(それもそれでよいという考えはある)
JavaScriptで、日ごとノートを書きはじめた日からその日の日付までの間でランダムに日付を生成し、そのページを開く、ということは一応可能だろう。
あとは、パンくずハッシュタなどをつけて、関連ページに表示されたものを適当にピックアップするか
もう少しよいネーミングはないか
leave a trace(痕跡を残す)
アリアドネの糸
必達目標のさらに上位に掲げた目標のイメージ
なるほど。
自分の仕事についてより広く深く知ることは案外できてない。
これ結構重要。
ロギング仕事術の効能の一つは、おそらく自分の仕事についての理解を助けることだと想像する。
仕事という概念についてはぜひページとして切り出して欲しい今日この頃。
まずデイリーで太字にしておいて、機を見てからリンクにする(*をとる)という手はあるかもしれない。
段階的な処理の進め方
むしろ、これは神!!!なんて言う倉下さんがいるなら、見てみたい
たしかに生涯を振り返ったときに「これは神!!!」と言ったことはないような気がする
内容だけでなく、そういうテンションにあんまりならない
もちろん、びっくりすることはあるけども、その熱は急激に冷めていく
物事を多面的に検討する癖がつきすぎている
10.ものごとについて部分的に常に冷めたところがある
何かを好きになっても、ファナティックに熱狂することがない
→推しがわからない
こういうリンクをどうするか
まあ行リンクでいいんだけども
ナンバリングする?
やろうと思ったけども、過去記事のページすべてに打つのはあまりに面倒なので脱落。
あと、順番替えたらさらに地獄が発生する
もしナンバリングしたら、3/15 10 みたいなIDが与えられるのだけども。
IDを与えたいが、わざわざページにするほどではない
だからといって行リンクの参照は、大掛かりな編集をしたときに崩れてしまう問題がある
おそらくそういう気持ちになったときに「新しくページを作る」ということをしたらよいのだろう。
つまり先に細かく作っておくことを目指すのではなく、今この時点「ああ、以前書いたものとつなげておきたいな」と思った時点で手を動かす
行リンクを崩さない編集を心がけるならば、行リンクでもいい
手書きノート(MDノート新書サイズ)ではナンバリングをしてそれでリンクを生成していた
逆に言うと、ナンバリングしてしまうと大掛かりな編集をしたくなくなってしまう
たぶんそれはCosenseの使い方としてはあまり好ましくないだろう
絶対零度の視点、視線
結城先生からは「物書きの姿」というコメントを頂いた。
たしかに。
11. ひとりだけで何かを続けるって、ほんとうに難しいものだ
似たことをやっている人がいるだけで、単純なリマインドにもなるし、それ以上に「やる気」ゲージが微妙の上昇をすると感じる
12. 何かを続けようとするとき、その行為そのものが嫌にならないように注意しておく、というのが一つのコツだろう。
飽きが来ないようにすることも観点としてはありうるが、飽きが繰る前に先に嫌になることが多い
というか飽きている状態も「嫌になる」の範囲か
飽きていることをやり続けなければならない、というのが嫌、という感じ。
13. 本を読むことと、現実から少し遊離すること
あるいは、変身すること→その場に適用している状態から別の状態に移行すること
ところで統合執筆環境であれば、IWEかな。
国際溶接技術者 の略でもあるらしい
https://gyazo.com/81a129734994f3e3ddd5fe7677254700
https://gyazo.com/3773a33ac6ed8afa67e0322194a39c89
https://gyazo.com/daea6156b142bae0add0e1c656d0a0c8
Gemini API クイックスタートガイド
code:sample
-H 'Content-Type: application/json' \
-X POST \
-d '{
"contents": [{
}]
}'
ためしに自分のAPIキーを入れて投げてみたら、JSONで答えが帰ってきた。
これならばショートカット.appとかでも使えそう
python
code:python.py
from google import genai
client = genai.Client(api_key="YOUR_API_KEY")
response = client.models.generate_content(
model="gemini-2.0-flash",
contents="Explain how AI works",
)
print(response.text)
わりと簡単そう
15. カント『啓蒙とは何か』より
「啓蒙とは、人間がみずから招いた未成年状態から脱却することである。未成年状態とは、他人の指示なしには自分の悟性を使用できない状態をいう。さて、人間が未成年状態にあるのは、悟性が欠けているからではなく、他人による指示がなくても自分の悟性を使用する決意と勇気が欠けているからであるとすれば、その未成年状態はみずから招いたものである。ゆえに、こう標語にせよ! 己の悟性を使用する勇気をもて! これが啓蒙の標語である。」
自分自身の悟性を使用する勇気をもて!
Geminiにカントについて聞いてみた
どんな問いを立てられるかによって、袋から引き出せるものが違ってくる
啓蒙思想と生成AI、という観点は考えてみる価値がありそう。
私たちの理性や悟性の使用は、生成AIの生活への浸透によってどのように変化するか
これはそれらを使うことによって幸福が増すか、というのとは別の観点となる。
16. ツイートのバックアップをしておこう
アーカイブをリクエストしておいた
そういえば調味料棚にカレー粉がない
引っ越ししたとき処分して新たに購入していなかった
また買っておこう
→買った
たぶん、自分がブログやニュースレターを書く感じは、ここで書いているようなメモを「ちゃんとした記事」に整えたもので、体裁は異なっていても、伝える気分・書く気分についてはこのページとほとんど同じだと予想する。
最近ここでも書いているタグベースの整理について。
アイデアというタグを整理
3つのノートについていた
以下に二つ書き出しておく
フラクタルテスト
コピーに耐えうるか
自分がコピーかどうかのテスト→自分なら絶対にやらないことができるか
ストロングゼロと自己啓発
自己啓発に潜む中毒性
哲学や文学が持つ毒と、自己啓発が持つ中毒性の違い
たぶん一日だけ読める全文公開版
特別扱いとは、特別なニーズがある人に特別になされるケアだ。それはもちろん、有限のリソースを1匹に割り当てることなのに、なぜか100匹全体のケアを向上させる。ケアとは資源からの引き算ではなく、信頼の総和を大きくする掛け算なのである。
「なるほど」と言った瞬間に私は気づき、胸が詰まる。ああ、ケアは100匹を豊かにする無限の掛け算かもしれないけど、その外に有限の疲弊した羊飼いがいる。
特別扱いの心理学。それはある学級の話でもあるけど、99匹が自身をはぐれた1匹だと感じているバラバラな社会の話でもある。そういう社会で特別扱いはいかに可能なのか。これを友人と私は口ごもりながら考えていたし、あなたとも一緒に考えたかったから、この短い会話を残しておくことにした。
この記事はclipしておいた。
事件は現場で起きている
言葉の意味とは、その使用である
言葉の意味は、文の中にある
和英辞書に書いてあるのは英単語の「意味」ではなく、日本語での「訳語」
自分の手牌だけで正着は決められない
今まで、完全にスルーしてきたが、自分が教えるようになったのでWordの入門書コーナーをチェックするようになった
あとで直せばいい
あとで移せばいい
あとで書き換えればいい
あとで形を変えればいい
→ともかく書く
拾うためのリストは、捨てるためのリストでもある
「後でやる」という判断
大量に溜まっていたアイデアノートの隠れた効能
ここにメモを書きはじめたことは、パンドラの箱を開けたことになるのかもしれない。
15:00まではカフェで、15:30からは宿題カフェになるらしい。面白そう。
人間は生活の中にいる
「人々の生活を守る」という言説が守ろうとしている対象とは何か
すべての技法はアレンジである
アレンジでしかない、とも言える。
実質的生産性と形式的生産性
そして、生産力