ブックカタリストBC093用メモ
テーマ:「自分の問い」の見つけ方
それぞれの本の概要
『リサーチのはじめかた』
目次
第 1 部 自 分 中 心 の 研 究 者 に な る
第1章 問いとは?
第2章 きみの問題は?
第3章 成功するプロジェクトを設計する
第 2 部 自 分 の 枠 を 超 え る
第4章 きみの〈問題集団〉の見つけかた
第5章 〈分野〉の歩きかた
第6章 はじめかた
著者らは、大学院で研究方法論の講義を担当していた(共にコロンビア大学で博士号を取得している)
「学期の終わりまでに全学生が研究企画書を完成させなくてはならない」
そのための指導計画(ロードマップ)
一次資料にあたること、メモを取ること、二次資料の注釈つき参考文献を作成すること、仮説を立てること、論文の構成を考えること、その研究にどんな意味があるかをまとめること
うまくいかない。講義がはじまってすぐに計画はつまづいた
地図はあれど、ガレージから車を出すのに一苦労
なにを研究したいのかもわからないのに、どうやって参考文献を集めればいいのか
一般的な興味はあってもとくにこれといった疑問もない──そういうとき、どうやって適切な問いを立てればいいか
どんな問いを立てていいかわからないのに、その問いの意味を考えろと言われても
ある文献を読んでいて面白いと思ったが、それをどう論文につなげていったらいいのかわからない
最も難しいのは、研究に着手する前の段階
研究というものは、中核的な問いが明らかになったあとに始まるのではない。なにをけんきゅうするかわかる以前にすでに始まっている
このギャップを教えてくれる道案内はない
研究方法を教えてくれる本はたくさんあるが、それは「すでに行き先が決まっている場合の道案内」
どこに向かえばいいのかわからないうちに、どうすればいいのかは教えてもらえない
なぜか?
自分の「やりたいこと」を最初から自分で把握できている、という前提(思い込み)があるから
でも、本当にそうか?
うまく言語化できなかったり、自分のことがうまくわかっていなかったり、自分の好きなことが「やりたいこと」だと思えなかったりする。
わかっていても、勘違いしていることもある→よくあること
私たちは外的な期待に囲まれて生活し、それを自分の「やりたいこと」だと思い込む。
自己を省みるすべや自分の信頼するすべを学ぶより、人はもっと手っ取り早い道を選びがちだ。他人のやりたいことを採用して、それが自分のやりたいことだというふりを一生懸命してしまうのだ。
どこから研究をはじめるか、という問いに答えるときも、つい自分の外に答えを求めてしまう
しかし、研究というものは、研究者が自分のなかにある問題を見極め、それに対してどうすればいいか考えることから始まるものだ。
自分中心的研究
研究に対する自己中心的アプローチ
定義
実践の面から言えば、まさに自分がいまいる場所から研究の道程に踏み出すこと、そして自己──自分の直感、興味、志向──との密接なつながりを終始維持することが重要。
自分のなかに重心を保つ
精神的には、研究者としての自分の能力と限界を自覚し、意識的に評価すること
自分を信頼し、深化させる
考えかたとしては、課題を明確にし、研究の方向性を決めるうえで、自分のアイディア、前提、そして関心事を重視すること
自分にとって重要なことを研究する
何ではないか
エゴのたがを外す(エゴを膨張させる)という意味ではない
自分を中心に置くとは、自分のことしか考えないとか、自惚れるとか自己満足とか、他人に頼らないとか、逆に自分に甘くて自分勝手とか、要するに利己的という意味ではないのだ。
まったくの逆
自分で自分を批判し続ける。自問自答を繰り返す。
最終的には、重要な研究成果を生み出し、他人の考え方も変化させられたらいい
しかし、他者にとって真に重要な問題を見極めて解決するためには、だれよりもまず自分にとってそれが重要な問題でなくてはならない。
研究はなんでも研究できる
であるがゆえに途方にくれる
どこから始めたらいいのだろうか?
自分がいま立っている場所から
本書の柱をなす二つの命題
最初にいくつかの条件を適切にクリアすれば、研究は人生を変えるような経験になりうる
研究に着手するさいに最も重要なのは、自分の中心を見つけること
研究とはたんに問題を解決する作業ではなく、そんな問題が存在することすらきみが──そして他の人々が──しらなかったような、そういう問題を見つける作業でもある
自分がなにが研究したかったのか、それを教えられるのはきみ自身だけ
自分で見つけるしかない(鏡を見るしかない)
だったらこの本は、何をするのか?
なにを研究すればよいのかは教えられない
いくつかの問いを立てることできみのなかに潜在する研究課題を発見し、そこから実際に研究プロジェクトを立ち上げる、そこまでの道のりをスムーズにたどるのに役立つ具体的なテクニック
反響板
教師や師匠、友人、研究仲間など、相談相手になってくれる人のこと
反響板に自分のアイデアを投げ掛けるのは役立つ→客観視、見方を変える
自分で自分の反響板を務めることもできる
ただし、教師や相談役などの権威ある人物からの善意の提案は、研究の初期段階において大きな影響力を持つ
どんなことを「研究できる」か、「研究すべきか」というような内容
内観から外観へ
問題集団
問いについて
最初の難問
「テーマ」を、どのようにして具体的で(少なくともきみにとって)興味をそそる問いに落とし込むか
テーマは問いではない
テーマはあってもいいが、それだけでは研究は始められない
テーマを問いにする
テーマを絞り込めの罠
テーマを絞り込めないときによく持ち出されるアドバイス
「いつ」「どこで」は絞り込めるが「なぜ」「どのように」は絞り込めない
ある学生とのやりとり
風水と合理性
重要なポイント
自分を飾らないこと
批判せず、肯定的に受け止める
アイディアを書き留める
問いは内側から生み出すこと
文献を読むときには「自分を読む」(8:2くらいで)
人間は無視マシーン
何かに気がついている、という時点で大きな意義がある
退屈に注目
その問いは時間ともに変わっていくかどうか
問いを鍛えていく
自分でもコントロールしきれないほどの情熱→衝動
非合理で、説明もつかない、自分でもなぜそれに駆り立てられるように没頭しているのかよくわからない
要領の良さ、世の中の都合、エビデンスとは関係がない
自分の都合でどうなるものでもない
自分の人生を劇的に変えるだけの力を持っている
しかしそれを扱う言葉はあまり多くない
たとえばフロイトの精神分析学はその一つ
他にもジョン・デューイ
『経験としての芸術』
何かに夢中になっている人は、本質的な意味で「芸術」に相当する経験をしている
日常のさまざまな活動にそれはある
ドラマティックではない。だからこそ気づきにくいし、言葉にしにくい
では、どうやってそれを捉えるのか?
「衝動」という捉えがたいものを「幽霊」のメタファーを使う
なぜ衝動について論じるのか?
「将来の夢」や「本当にやりたいこと」をつきぬけて、もっと熱中へと誘ってくれる欲望
人生の岐路に立ったとき、自分の衝動を観察し、解釈していくことが助けになる
衝動に導かれているとき、地道な練習も可能となる
衝動は何では無いか?
モチベーションとの比較
モチベーション3.0(内発的動機)では捉えきれない過剰さが衝動にはある
衝動が人に憑依したとき、人は自分自身に驚くことがある
衝動は極端な持続性がある
衝動とは結局何なのか?
気持ちの強さとどこまで関係があるか?
強い欲望は、他人の視線を介して生まれる
強さではなく深さに注目する
ルーク・バージス「強い欲望」と「深い欲望」
表面から見えないほど奥深くから生まれて自分を動かす
必ずしも感情的強さを伴わず、かつ、他者起点で形成された欲求とは異なるために知覚しづらい欲望
偏愛
他人に移し替えられないほど「個人的」であり、文脈や対象を変えると成立しなくなるくらい「細分化された」欲望
偏愛は、衝動が具体的な形を取ったときの意欲に付けられた名前
偏愛を解釈していくことで、衝動が把握できるようになる(適度に一般化する)
細かく、詳しく語る