2-4.明確性要件
https://gyazo.com/75d24fc812ce35afa79d2c1ac510ecaf
ルール4は、第36条第6項第2号いう「発明の明確性」である。
(2−4−1)第36条第5項は、発明表現の自由度を認めてはいるが、それは、発明が明確である限りにおいてである。第36条第6項第2号では、「特許を受けようとする発明が明確であること。」を要求している。この点につき、審査基準では、次のように言及している。
(1) 第36条第5項の「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載」すべき旨の規定の趣旨(「第 1 節 特許法第36条第 5項」参照)からみて、出願人が請求項において特許を受けようとする発明について記載するに当たっては、種々の表現形式を用いることができる。 例えば、「物の発明」の場合に、発明特定事項として物の結合や物の構造の表現形式を用いることができるほか、作用、機能、性質、特性、方法、用途 その他の様々な表現方式を用いることができる。同様に、「方法(経時的要素を含む一定の行為又は動作)の発明」の場合も、発明特定事項として、方法(行為又は動作)の結合、その行為又は動作に使用する物その他の表現形式を用いることができる。
他方、第36条第6項第2号の規定により、請求項は、一の請求項から発明が明確に把握されるように記載されていなければならないから、上記の種々の表現形式を用いた発明の特定は、発明が明確である限りにおいて許容されるにとどまる。
(以上、第II部 第2章 第3節 明確性要件 2.3 留意事項 より)
このように、第 36 条第 5 項が発明表現の自由度を認めてはいるものの、それは、発明が明確である限りにおいてである。よって、明確性要件は、発明特定事項を決定するための基準となる。では、何をもって明確か、というのであろうか。この点、審査基準では、次のように解説している。
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(1) 請求項に係る発明が明確に把握されるためには、請求項に係る発明の範囲が明確であること、すなわち、ある具体的な物や方法が請求項に係る発明の範囲に入るか否かを当業者が理解できるように記載されていることが必要である。また、その前提として、発明特定事項の記載が明確である必要がある。特許を受けようとする発明が請求項ごとに記載されるという、請求項の制度の趣旨に照らせば、一の請求項に記載された事項に基づいて、一の発明が把握されることも必要である(2.2(4)参照)。(第II部 第2章 第3節 明確性要件)
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ここで言われる、①具体的な物や方法が想定できるか否か、という基準と、②一の発明が把握されるか否か、という基準は、クレーム作成の上で、客観的な指針となろう。
そして、「ある具体的な物や方法が請求項に係る発明の範囲に入るか否かを当業者が理解できる」とは、予測可能性の問題とも言える。クレームは特許公報により公示されるわけであるから、何をもって「特許権侵害」となるのか、その予惻可能性を担保することは極めて重要であり、その意味で発明特定事項の客観的な明確性が要求される。PBPクレーム最高裁判決で、一般論として「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになる」としているのは、この立場からであると思われる。
予測可能性の観点からすると、クレームの文言は客観的であることが要求されよう。さらに、一の発明が把握されるためには、必須の構成要件が揃っていなければならない。よって、クレームに客観的な発明の構成要件として「発明の構成に欠くことのできない事項」を特定すべしとした旧法の精神は、未だ第36条第6項第2号に生きていると言ってよい。そして、これは、クレームの機能としての、「構成要件的機能」を担保するものである。
(2−4−2)明確性要件と「機能的・方法的記載」
以上の明確性要件からすると、機能的・作用的な表現、方法的記載で物の発明を特定することには注意を要する。
発明を機能で特定した結果、特許を受けようとする発明を当業者が明確に把握できないことになる場合には、36条6項2号違反(発明の範囲が不明確)となる。
旧法下での機能的記載の限界につき、特許法概説(吉藤幸朔)では、『機能的記載は不可であるとすべきではなく、構成要件の記載が全体として明瞭である限り、機能的記載は許容されるべきであろう、とした上で、機能に止まる特許請求の範囲、例えば、「くいを無騒音で打込むようにしたくい打法」のようなものは、上述の理由により許されない。・・しかし、発明の構成要件を思想的に表現し発明保護の完全を図ろうとすれば、特許請求の範囲を機能的に表現せざるを得ない場合があるので、このような場合、機能的記載は許されるとし、上記例において、「くいに振動を与えつつ注水して地中に打込むことを特徴とするくい打法」は許容されるべきであろう』としている。
新法では、36条5項によれば原則的に機能的記載は許容されるが、明確性要件での制限が加わるので、「くいに振動を与えつつ注水して地中に打込むことを特徴とするくい打法」は、新法でも同様に許されるが、「くいを無騒音で打込むようにしたくい打法」は認められない結果となろう。
旧法と新法とでは、原則をどこに置くかの差に過ぎない。すなわち、旧法:原則:「構成」で特定 例外:機能的に表現せざるを得ない場合は可 新法:原則:表現形式問わない 例外:発明の範囲不明確の場合は不可、となったのであり、実際上の機能的記載の限界が広がったものではないと言える。
とはいえ、原則として禁止されていた表現形式が、原則として許容されるようになったことは、「機能的記載禁止」の呪縛から解き放たれ、改正当時機能的記載が増え、その結果いきおい従来よりも観念的に広い範囲で発明が特定されることとなったことは知られるところである。
しかし、今回のPBPクレーム判決が出たことにより、明確性要件による制限がより慎重に判断されるようになると思われる。してみると、これからクレームを書こうというときは、旧法の指針に従い、できるだけ客観的な構成で特定し、機能的・作用的記載は必要最小限にとどめる姿勢で臨むことが望まれよう。
なお、機能・作用で発明を特定した場合、以下の点に注意する必要がある。
注意点1.機能的に記載したからと言ってそれが直ちに発明の保護範囲を拡大することを意味するものではない。特許法は、機能自体を保護するのではなく、機能実現手段を保護することを忘れてはならない。
機能的記載で特定した発明の保護範囲を広いものとするには、発明の保護範囲を支えるに十分な開示がされているかが問題となる。この意味で、発明の詳細な説明で、実施の形態をできるだけ多種多様に説明しておく必要がある。請求項と詳細な説明との間の不一致として、36条6項1号違反とされる場合、権利化後におけるクレーム解釈上、実施の形態に限定解釈される場合などがある。
注意点2.適性保護範囲確保のチャンスを逃すおそれ
機能的記載が原則として禁止されていた旧法下で、請求項に発明を特定するにあたっては、発明の機能を発揮することとなる客観的な「構成」を、可能な限り広い概念で表現しようとする「努力」をしなければならなかった。この努力をするが故に、明細書作成技術が磨かれるという面があった。そして、「機能」と「構成」とがほとんど同義であるとき、最高の請求項として評価されるわけである。
機能的表現が是認されると、このような努力をしなくなる傾向が現れ、ともすると、請求項や「手段」の項で、発明の特定が機能的表現に止まり、思想としての発明を客観的構成で表現することを怠り、客観的な構成は、具体的技術である「実施の形態」になって初めて出てくるという現象が現れることとなる。
このような明細書に対し、審査において、その実施の形態とは異なるが請求項の機能的表現に含まれる先行技術が引用されたとき、逃げ場は「実施の形態」における「構成」にしかない。
従って、請求項を機能的表現で特定した場合でも、思想としての発明を客観的構成で表現し、具体的技術である実施の形態よりも上位の概念で保護範囲を確保できるようにしておく必要がある。
なお、機能的記載のクレーム解釈につき、
「部品の自動選択及び組み立て装置」事件(S53.12.20 東京高裁 昭和51年(ネ)783)は、今となっては古い判例ではあるが、機能的クレームの特許発明の技術的範囲の確定を詳細かつ明確に示した点で、機能的クレーム解釈の原点となるものである。そこに示された、
①要件1:発明が機能的・抽象的な記載
②要件2:発明が請求範囲の記載自体から不明瞭
③要件3:明細書の記載から不明瞭:実施例サポートなし
④要件4:技術常識から不明瞭
という要件は、解釈の指針として有効である。
このような場合、実施態様に開示されている具体的な技術的思想により、その意味を確定することとし、その具体的な技術的思想とは、①「一実施例の装置における具体的な構成、作用にのみ限定されるものではない」、②「当業者が容易に実施ができる程度に開示されていない技術的思想までをも当然に含むものではない」としている。
すなわち、機能的記載のクレームは、概ね「実施例とその均等物にまでその権利範囲が及ぶ」というのである。機能的クレームの解釈については、上記以降、多くの判例が出されているので、参照されたい。
https://gyazo.com/97ff4eb260468c48a2bf2e0e7bfb7dca
https://gyazo.com/9f2fb05c0a324ed157f83c0471c20b2b
https://gyazo.com/8587fb29d5626143ced88d20e94c8889
https://gyazo.com/dd4fee8aae37af0aa857f4de01fb4082
なお、物の発明を方法的記載で特定したいわゆるプロダクトバイプロセスクレームについて、最高裁判決では、物の製造方法が記載されている場合であっても、物の特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定されるとした上で、明確性要件(特許法36条6項2号)からすると、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予見可能性を奪うとする点を根拠に、物の発明につき製造方法による特定を「一般的に許容すること」に疑義を挟み、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限り、明確性要件を満たすとしている。
このような立場から発明特定事項を考えるならば、表現形式の自由を認めた36条5項の規定があるからといって、安易に機能的・方法的な記載により発明特定事項を決定することは、避けるべきである。
発明特定事項を決定するときは、36条5項の文言のみに頼らず、特許法36条6項2号の明確性要件を加重して判断したものが真の発明特定事項であると認識して、クレームを作成することが要求されるということである。
https://gyazo.com/0af23f98cb767b6b5a3b39dbe046b99f
https://gyazo.com/1975f991c8146a51b739f232283bedcd
https://gyazo.com/c8e0bd32fd0bd7b8814f4f4d887d8f19
https://gyazo.com/b09780d4e7061d6bbbc703b8e34998f3
******以下編集中
クレームの表現方法
クレームは、必要最小限の技術情報により説明しようとするがあまり、一読してわかりにくくなる傾向がある。わかりにくい表現は、争いの種となる。そこで、読み手の理解に容易な表現技術が必要となってくる。
読み手の文章理解の手順を考えてみよう。文章を読むとき、言葉が脳裏に順次入力されていきます。読み手は、その一つ一つの言葉の意味を理解しながら、それらが構成する文章の意味を理解していきます。まず、一つの言葉が頭脳に入力され、次いで、それに続く言葉が入力されます。そこで、最初の言葉と次の言葉との関連(有機的結合関係)が理解され、その連続により文章が理解されていきます。
よって、頭脳への言葉の入力順が適切でないと、理解しにくい場合が生じます。クレーム表現においても、記述した一文一文を順次読んで行くにあたり、読み終わる一文毎にその内容を理解できるように、換言すると、後述される構成要件を読まずとも、一文毎に理解が進むような記述とすること、また、構成要件間の関係性がわかるような記述とすることが必要とされます。関係性を明確にするには、前段で示した構成要件の文言を後段の構成要件の特定の際に引用して、両者の関係性を明確にすることが、わかりやすくするという意味で推奨されます。
クレーム表現によっては、以下のような特許要件にかかわってもきますので、表現には気をつかいましょう。
3−1)クレームに要求される明確性要件
請求項の記載・・・特許を受けようとする発明が明確であること。( 36条6項2号 )と規定されている。ここでは、単に用語の意味が不明確である場合や、文章の意味が不明確な場合だけでなく、文章自体は明確であったとしても、そこから把握される発明の範囲が不明確となる場合も不明瞭な記載であるとされることに注意してください。
審査基準
においては、2. 明確性要件についての判断、で以下のように示している。
• 2.1 明確性要件についての判断に係る基本的な考え方
• (1) 請求項に係る発明が明確に把握されるためには、請求項に係る発明の範囲が明確であること、すなわち、ある具体的な物や方法が請求項に係る発明の範囲に入るか否かを当業者が理解できるように記載されていることが必要である。また、その前提として、発明特定事項の記載が明確である必要がある。
• すなわち、「ある具体的な物や方法が請求項に係る発明の範囲に入るか否かを当業者が理解できるか否か」が判断基準となる。
最近の判例として、PBPクレームの最高裁判決がある(平成24年(受)第1204号 特許権侵害差止請求事件 平成27年6月5日 第二小法廷判)
本件は、プロダクト・バイ・プロセス発明の解釈が問題となった事件であるが、そこでは、「明確性要件」が問題となった。
問題となった特許のクレーム表現は、それ自体は明確であるが、明確性要件に反するとされたである。
• 36条⑥2号「明確性要件」からすると、・・請求の範囲において,その製造方法が記載されていると,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか,又は物の発明であってもその特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができず,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり,適当ではない。 」
なお、審査基準では、明確性要件違反として、以下の5つの類型を示している。
(1) 請求項の記載自体が不明確である結果、発明が不明確となる場合
(2) 発明特定事項に技術的な不備がある結果、発明が不明確となる場合
(3) 請求項に係る発明の属するカテゴリーが不明確であるため、又はいずれのカ テゴリーともいえないため、発明が不明確となる場合
(4) 発明特定事項が選択肢で表現されており、その選択肢同士が類似の性質又は 機能を有しないため、発明が不明確となる場合
(5) 範囲を曖昧にし得る表現がある結果、発明の範囲が不明確となる場合