パートナーに対する暴力の進化的基盤
2.3. IPV の機能
IPV は,パートナー関係維持行動の一つであることが指摘されている。特に,ネガティブな方略のうちの最も重篤(severe)な方略である。IPV のパートナー関係維持行動としての機能について,Buss and Duntley (2011) は 9 つの適応問題からまとめている。簡単にまとめる と,いずれも,自身の遺伝子を残せない可能性が高まるような状況に直面したときに,IPV の可能性が高まる。 その中でも,特に配偶価(mate value)の不一致を解消する機能の可能性は,パートナー関係維持行動のネガティブな方略に特有な,興味深い点であろう。 つまり,パートナーと自身の配偶価に乖離がある場合 (パートナーの配偶価が高い場合),パートナーは自分以外の他者とパートナー関係を再構築してしまう可能性があり, そうなった場合には,自身はパートナーに由来する資源を失ってしまう。 そのため,IPV によってパートナーの配偶価 (もしくは配偶価の認知) を下げることによって,パートナー関係を維持しようとする。 しかし,パートナー関係維持行動は様々であり,IPV はその選択肢のうちの一つに過ぎない 。 そして,パートナー関係維持行動として IPV が選択されることは相対的に稀である。 そのため,これらが選択される文脈的条件や個人差に対しても進化心理学的アプローチをとる必要が ある。 本稿では,特に,個人差の進化的基盤として生活史理論 (life history theory) に依拠し,IPV と IPV 促進要因のメカニズムにアプローチする。 4.1. パートナー関係維持行動と生活史理論に基づく進化的基盤の解明の可能性
IPV はパートナー関係維持行動としての機能を持つ。しかし,パートナー関係維持行動としての多くの選択肢のうちの一つに過ぎない。パートナー関係維持行動として IPV を選択するか否か には,個人差が関わると考えられる。個人差は,生活史理論から,戦略の個人差として捉えることができる。 これらを踏まえ,パートナー関係維持行動として IPV を選択することの個人差について,生活史理論に基づい た説明が可能であると考えられる。 パートナー関係維持行動は様々であるが,パートナーへの肯定的関わりは長期的な関係性を維持できる一方 で,パートナーの束縛ではないため,そのような意味で,パートナーは他の異性 と一時的な性関係を持つことができる環境にあるかもしれない。過剰なパートナー関係維持行動である IPV や, パートナーの支配は,長期的な関係維持機能は持たないかもしれないが,少なく とも短期的な関係維持を可能にし,パートナーが他の異性と性関係を持つことを阻むかもしれない。
生活史理論によれば,早い生活史戦略は,繁殖において養育努力よりも配偶努力に資源を割く。したがって, 短期的配偶戦略がとられる。つまり,より多くのパートナーと性関係を持ち,その 性関係は長期的な継続を前提としない。そのため,パートナーとの長期的関係は軽視されると考えられる。そ のような戦略では,特に男性において父性不確実性への対処が特に大きな問題となると考えられる。 上記に照らせば,このような戦略がとるパートナー関係維持行動は,長期的関係維持の可能性が高いコミッ トメントなどのポジティブな行動ではなく,短期的であっても強力な支配を可能とする,IPV を含むものであ ると考えられる。これらのことから,IPV の進化的基盤として,既存のパートナー関係維持行動の一つである という仮説に加え,では,なぜ複数のパートナー関係維持行動から IPV が選択されるのかという点についても 生活史理論に基づき明らかにすることで,より詳細に IPV のメカニズムを示すことができる可能性が考えられ る。
IPV と生活史戦略との関連に関する直接的な研究は多くないが,生活史戦略の下位に想定される様々な要因 と IPV の関連性について多くの研究がなされている。Figueredo, Gladden, and Beck (2011) は,これらの 研究知見から,生活史理論を導入することで,IPV の促進要因を統一的に説明し,配偶者の支配行動が生活史戦略,特に早い生活史戦略によるものである可能性を示している。