グループワークの「成功」について
基礎ゼミナールのグループワークのふりかえりで、授業のルーブリックを使って自己評価してもらった
ある意味でグループワークが「うまくいった」ところとそうでないところで、どうも自己評価に差があらわれている感じがする
自己評価は難しい。自己評価とは何なのか、自己評価をどう扱うべきか
学生に伝えるのが難しいのが、グループワークでは、「うまくいかなかった」のが「悪い」わけではないということ
いかにプロセスを意味づけるか、そしていかに今後に活用可能な形で言語化できるか、みたいなところが重要なのだと思う。大事なのはうまくいったかどうかではない
「楽しく、仲良く、活発に」できたのが「成功」と言われると、それは違うぞと
これはグループワークがどのような学習目標と紐づくのかという話
さらに、それは成績評価に用いるべきかどうかということもある
もっというとディプロマポリシーとの関係もある
コンピテンシー系や態度系の「目標」に対する評価をどう位置づけるか
コンピテンシー系の目標に向かわせるために、授業なりカリキュラムなりで、それに紐づく「経験」をデザインするわけで、その経験の一つひとつにおいては(主観的に)うまくいくこともいかないこともある
でも、それは、うまくいったにせようまくいかなかったにせよ、すべて目標に向かうための材料になるはず
あるひとつの授業においては、「うまくいかなかった」と感じた人は、たぶん「チームワーク力」みたいな項目では、自己評価が低くなりがちだろう
でもその経験は、しっかりと活かせば、おそらく「うまくいった」ときよりも豊かなものがあるはず
でも、たとえば授業アンケートとかでは、そういう項目の(平均値の)高低が、「その授業自体」の評価に(意識的にも無意識的にも)つながったりする
このへんは、教育効果の測定・評価という営みにおいて本当はかなりクリティカルだと思うんだけど、どうだろう
とりあえず、グループワークにまつわる、評価、モチベーション、そういったものの扱いはまだまだ考えるべきことが多い
場を設計するということは、そこへ参加する人の感情を動かしてしまうことなので、考え続けるしかない
#雑記
2019/6/12のX(twitter)をもとに