行き詰まった協働と曖昧な停滞
行き詰まった協働と曖昧な停滞の関係を考える
新しい手法を試してみようとする人は、現状で良いと思っていない
停滞を好む人は「何もしない」や「今まで通りのことをする」を選ぶはずだから
現状は問題だと考えているが、どうやって抜け出すのか、抜け出した後どこへ向かうのか(理想)が明確になっていない
これはProblem-Remedy-Outcomeモデルでも語られていた、よくあること
問題は理想と現実のギャップ
理想が言語化できて、かつステークホルダーの共感を得られないと、協働が行われない
理想が言語化されたとしても現状認識が食い違っていたら、ステークホルダーたちが考える「改善の方向」は食い違う
対立解消図
逆に進むがゴールは同じ: 「ゴールは同じだが逆の方向に進むことを主張する」とも言える
現状がbadであると合意できたとしても、目指すべき理想が複数ある可能性がある
「多くの人は現状をbadだと思っていない」という思い込み(他のメンバーが望んでいると誤解している)があると、改善案としての理想を発言することにネガティブなインセンティブがある(アビリーンのパラドックス)
曖昧な停滞のほうが広い概念な気がするな
曖昧なので、何が特定できてなくて止まってるのかわからない
現状認識なのかあるべき姿なのか以前に、関与すべきステークホルダーが特定できてない感じがある
行き詰まった協働はステークホルダーの特定はできてる感じがある