絵を描いてるとき、言語的思考のウェイトが下がる
from 日記2025-09-13
絵を描いてるとき、言語的思考のウェイトが下がる
ユースケースと切り離された設計のこの絵を描いてるとき、言語的思考のウェイトが下がってた
https://gyazo.com/6b3c9dbea28c8bb4bd722ad50b09593d
何が起きてるのか興味深い
描いてから見て観察する
そして発見する
ABCが1の段階では元々同じ組織の人であったという経路を無視すれば、2と3に違いはないのでは?
図解に言語的記述を入れないことがしばしばある
これはエンジニアの知的生産術を自分で英訳してみて、図解に直接日本語が書き込まれてると翻訳が面倒だなと思ったから
Cosenseに日本語を含まない図を書いて、下で説明しているスタイルは下の説明を機械翻訳すれば理解できるからね
このスタイルをしばらくやってきたことによって、図を描いてるときに「説明は後でテキストで書くので」という気持ちになる
直接言語で説明を書き込んでいるときと違った知的生産条件
言語を使わない制約化での思考の表現
言語でない形で表現したアウトプットを見て修正する非言語的フィードバックサイクル
関連
伝えるための図と考えるための図
伝えるための図
図には3種類ある
「表現するための言葉」と「広く世の中の人に伝えるための言葉」は別物で、前者で表現をしてから、それを整理して後者にしていく
過去の自分はKozanebaを「伝えるための図ではない、考えるための図」と表現している
確かに、付箋の配置をしてるときも少し言語的思考から離れてるときがある
ただ、一般的にラベルには言語が書かれてるから、言語から自由になってる感じはないなぁ