「より多くの意見を認める」と「すべての意見を認める」は違う
「より多くの意見を認める」と「すべての意見を認める」は違う
「より多くの意見を認める」と「すべての意見を認める」は違うんだよ、というのが一番伝わりやすいと思った。
「より多くの意見を認める」ことを「すべての意見を認める」と勘違いしてしまう人がいる。しかし「すべての意見を認める」ことは実現不可能だ、なぜなら「すべての意見を認めるべきではない」という意見も認める対象になってしまうから。
不用意に「すべての意見を認めよう!」などと言わないように気をつける必要がある。
きっかけ
nishio 「多様性を認めない」の話を見て、最大値の存在しない集合の存在の話って中学か高校で教えてるんじゃなかったっけ?という気持ちになった nishio より多くの意見を認めることによって多様性が高まることと、その極限である「すべての意見を認めること」が実現不能であることは、特に問題なく両立する。 そもそも「多様性」という言葉は解釈が揺れてるので注意が必要
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