暫定版ダイナブック
アラン・ケイが、自らが1960年代に構想した理想の個人向けコンピュータ「ダイナブック」の一部の機能を実装したコンピュータ環境を、1970年代に入って、当時の技術で実現可能な範囲で試作したもの。具体的には暫定ハードウェアとしての「Alto」と、暫定システム・ソフトウェアとしての「Smalltalk」の組み合わせがそれに当たる。製作はチャック・サッカー(Alto)、ダン・インガルス(Smalltalk)らにより行なわれた。 ダイナブックについては、「たんなる理想像に過ぎず、実装が試されたことはない」という考え方が一般的だが、暫定ダイナブックの存在や実現されたこと(主にGUIの特徴(後述)とオブジェクト指向)が後世に及ぼした多大な影響に鑑みると、こうした認識はまったくの誤りだと分かる。また同時に、パーソナル・コンピュータにおけるGUIの歴史という観点から「Alto」が取りざたされる際には、発言者や記述者が意識できているか否かにかかわらず、この「暫定ダイナブック環境」(さらに言えば、ハードウエアのAltoではなく、OSであるSmalltalkの方)を暗に指していることが多い。なお、Alto向けのGUI OSは暫定ダイナブックシステム以外にもいくつか存在し、互いにその見た目や操作性は異なっていた。たとえば、製品化されたAlto系マシンに搭載されたXerox Starのシステムは、この暫定ダイナブックシステム(Smalltalk)とは系譜から言えばまったくの別物である。 1980年代以降、主にMac OSやWindows搭載機の普及によって広く知られるようになるGUIの特徴の多く、たとえば、オーバーラップするウインドウやその振る舞い(任意の場所への移動、大きさ変更、スクロールバーを用いた隠れた内容の呼び出し、タイトル化による縮退表示)、マウスの第二ボタンクリックでポップアップするメニューによるインタラクティブな操作、カット&ペーストなどに象徴される「範囲選択→操作」というモードレスな編集スタイル、マルチフォントの扱いや絵の挿入が可能なテキストエディタ、ドット単位の編集まで可能なペイントツール等は、1977年終わりごろにはこの暫定ダイナブック環境上に実現されていた。