心理的安全性
psycological safety
氣安さ
判断してもよいかどうか彷徨はない
いつでも異議を唱へられる
意見が事態を前に進める或いは事態に對して落ち込むのを止めるものだと自覺されれば躊躇なく言へ又行動ならば行なへる事、それが集團の性質として有る事
操作的な定義で (操作的な定義は枠を變へ辛いが實用し易い)、曖昧さは残るがまづまづと思ってゐる。前に進めるや落ち込むと云ふ譬喩は如何にも固定し得ないし、「集團の性質として有る」が意味不明な當たりが目につく曖昧さだらうか
「心理的安全性」とは、個人が製品の爲に好いと考へた事を發言し行動する事が、team にとっても好い事であり、且つそれを個人が認識してゐる狀態を言ふ 個人の發言や行動が批難される事は「心理的安全性」の定義の逆ではなく、阻害要因の一つである 病像を病因として定義するやうなもの
雜談はよく心理的安全性に關聯づけられる。效果が有る現場にゐた事もある。效果が芳しくないのも見てゐる。現象的には、常に行なはれる雜談は豫測可能性を高める事で效果を發揮する樣に見える。豫測可能性は法運用からとった用語だが制禦についてとしても讀めよう。外生的に偶に起こるワイガヤは效果が無いのかもしれない 雜に就いて熱の語で言はうとしてゐた事が昔在った (SIP v.s. UDP の譬喩が當時は氣に入ってゐたが應用が效かなかった)。熱の譬喩はもっと使へるかもしれない。勢の語と結び附くかもしれない