なぜ僕がゲーム配信をするのか
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今から10年以上前、欲しいゲームをバンバン買えるほどお金に余裕がなかった時、クソガキはこんなことを思った。
「別に自分で買わなくても他の人がやっているのを見ればお金がかからなくてお得なのでは?」
今思うと割と自然な発想だが、当時は自分のことを天才だと思った。
ゲーム実況を見るようになったきっかけはそんな感じだったと思う。
当時は実況者の声は邪魔だと思っていた(単純にゲームが見たかった)ので、字幕プレイばかりを見ていたが、供給量の関係で次第にゆっくり実況や生声実況を見るようになっていった。
そんな時、Youtubeの実況動画でこんな場面に遭遇した。
【Minecraft】マインクラフターの日常!part2
実況の印象が良くなりました!というコメントに対して、投稿者のペイントさんの返信がこちら。
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ゲーム実況ってグレーゾーンっていうか、本当はやっちゃいけないというか……
フリーゲームとかだったらいいけど、有料ゲームだったらあんまりやっちゃいけないと……思うんですよ
日常組 (2012)【Minecraft】マインクラフターの日常!part2【コラボ実況】 13:46 - https://youtu.be/ErBK682CLx0?t=826
当たり前の話だけど、当時の僕にとっては衝撃だった。
みんなやってるからゲーム実況はやって良いものだと勝手に思い込んでいたが、当然ながら勝手にやってるのだ。
当時のniconico、Youtubeは違法アップロード祭りで、非公式のアニメや映画がそのまま上げられているような時代だ。
ゲームぐらいじゃあもちろん規制がはいることはない。
しかし、ゲーム実況は本当はダメなことだったのだ。
一方で現在は、企業側が配信ガイドラインを設定してくれている。
なんなら企業が実況者にゲームのPR配信を依頼するのが当たり前になってきた。
この間に何があったのか?
ここが自分が配信をする理由に大きく関わっており、かつ今のゲーム実況の嫌だなあと感じていることにもつながる。
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今と昔のゲーム実況の大きな違いは配信や動画投稿で収益化が出来なかったこと。
niconicoを例に挙げれば、一般会員では制限が厳しく、プレミア会員になって配信や動画投稿をする人も少なくなかった。
彼/女らはお金を儲けるどころか、お金を払ってまで動画投稿をしていたのだ。
では彼らはなんでお金を払って、かつ色んなリスクまで取って、将来の役にも立たないことをしていたのか?
それは体験の共有が楽しかったからだと僕は思う。
これは誰かと一緒にゲームをするときに感じる楽しさとは少し感覚が異なる。
どちらも、もちろんゲームを楽しんでいることには違いないが、これに加えて
視聴者側は他人が純粋にゲームを楽しんでいる様子でさらに楽しめる。
これは自分より年上の兄弟やいとこが一人用ゲームをやっているのを横に座って眺めている時のあの感覚に近いと思う。
楽しんでる人をみるとなんだか一人の時より自分も楽しい気持ちになる。
余談
友達の家で複数人の対戦ゲームをやっているときに、
「僕は見ているだけでも楽しいから……」
みたいなことを言っている子はいなかっただろうか
あれを単に輪に入れない自己主張が苦手な子だと思っていたのなら、
陰キャの心理をもう少し勉強したほうがいいかもしれない。
彼は本当にゲームを横から眺めるのが楽しいと思っているところがあるのだ。
小説やアニメでは主人公がその子をゲームに誘って、
「自分でゲームをするのってこんなに楽しいんだ!!!」
というオチになるので勘違いされがちだが、横からゲームを眺めるのと自分がゲームをする楽しさは似て非なるものである。
投稿者・配信者側は単なる承認欲求……でいいのかな
世の中にいろんな娯楽が存在している中で、自分の動画・配信に時間を使ってくれている嬉しさ。
それと他人を楽しませることで得られる快楽。
あとは自分以外の視点が加わることの面白さ。
このあたりだと思う。
みんながみんなこの行動原理に基づいているかは分からないが、少なくとも僕はこれらに後押しされて配信をしている。
でもここで注意したいのは、ゲームがしたいからゲームをやっているという大前提があること。
ものすごいアホっぽい文章になったけど、ゲームプレイそのものを通して楽しい気持ちになりたいからゲームをやっているのだ。承認欲求云々はブースト材みたいなもん。
僕が気になるのは、収益化システムによって最近はこれが変化しているような傾向があること。
つまり、収益を得ることが最重要項目で、この目的に対して都合がいい手段がゲーム実況だったからやっているということ。
VR空間でもそのようなVtuberに何度かエンカウントして意外とそういう感じなんだなってなった記憶。
もちろん考え方は人それぞれだし、別にこの考え方が悪いとは思っていない。
そもそも現実にそういうサービスが存在していて、ちゃんとガイドラインに則って活動しているので何も悪いことはない。
しかし、当時のリスクをとってまで配信する情熱が収益化システム・推薦サービスを通じて失われていくと思うと寂しい。
当然、変なリスクを犯すつもりはないが、こんなことを考えながら配信をしている。
自分がこの流れを変えてやろうなんてたいそうなことは考えていないが、僕は細々と純粋にやりたいことを配信していきたい。
memo
この考えに影響している本
天然知能 - 郡司ペギオ幸夫
基準が与えられるとその基準をクリアすることだけが目的となってしまう。
人工知能と自然知能と天然知能